青春真っ盛りの男子大学生が少年を巻き込んだ交通事故を目撃してしまう。事故の原因になった犬の行動について考えているうちに事件の真相に少しずつ近づくのだが、淡い恋心と友情が事件をミスリードしていく。そんな顛末を非常に楽しんで読むことができる小説だった。
物語はとても奇怪で重厚な鬱々たる場面から始まる。雨の中どうにかたどり着いた見知らぬ喫茶店は、秋内の記憶の隅をやけに刺激する。どこかで出会ったことのある男や、見覚えのある景観を写す音の出ないテレビ、そしてそこにやってくる三人の友人。道尾秀介お得意の気が重くなるような人情劇が始まる……かと思えば、思いのほか、本編はさらっと読むことができるようになっていた。秋内の妄想ガンガンの語りには少し飽き飽きさせられる瞬間もあったが、間宮のような軽快な人物が話を推し進めてくれるからだろうか、総じてポップな印象である。起きている事件と、事件を取り巻く環境の陰鬱さがどこかへ押しやられていて、これはこれでとても良いと思った。最近は、暗い語りの本ばかり読んでいたので、素直に読むことが楽しいと思えたからだ。
この爽やかな読後感を支えている最も大きな要因は何だろうか。わたしはそんな疑問を抱いた。そして、自分なりにひとつの答えを見つけた。それは「恋」だ。秋内は羽住という女の子に恋をしている。過去に恋愛経験をしてこなかったという彼の行動は、大学生というよりは中学生だが、そんな彼が語り手だからこそ本書の謎はより一層面白みを増すことができた。この謎の周辺に漂う男と女の香り。そこに羽住の行動を結び付けて考えることで話が様々な方面に飛んで物語として読み手の興味をかきたてた。そして、事件の謎は解決し残った謎はただひとつ間宮が仄めかした羽住が見せる声の特徴だけだ。これを解くことができるのは秋内ただひとりで……。そんな彼に対する期待が、高揚感としてこの読後感に寄与しているのだ。
○読後のおすすめ
個人的に一番好きな道尾秀介の作品。ソロモンの犬とは違って陰陰滅滅とした作品で、正直読んでいると吐き気をもよおすような場面もある。しかし、謎が解けたときに心がすっと軽くなるような感覚や、他の書籍にはない独自の世界観がわたしを強く捕まえて離さない。