崩れる 結婚にまつわる八つの風景(貫井徳郎)を読んだ感想・書評
本書を読んでいると時折、時代錯誤なモノや表現が出てくることに気づいた。特段そのような趣向を凝らしていることが小説内で表現されていなかったので、面白いと読み進めていたのだが、なんとなく頁を後ろから捲って驚いた。本書は二十年近く前に書かれた短篇たちが集められていたのだ。著者による解説を読んでなおビックリした。当時は馴染みのなかった犯罪についても言及していたからである。
全ての短篇に対して言及しているとかなり長くなってしまいそうなので、一つの短篇を取り上げながら、貫井徳郎の小説の面白さについて語ることができればと思う。個人的に最も好きなのが「追われる」だ。結婚相談所などは今も日本の恋愛市場で確実に成長しているが、実際にこのようなストーカー気質の人間が現れたりするのだろうか? しかし、このようなストーカーが現れて、その人が迫ってくるところは物語の筋を読める人間なら簡単に感づいてしまうだろう。ただ、ここで面白い(というか怖い)のは、自分がその人を無下に追いやったことで、本当の犯罪者を呼び込んでしまったことだ。最後のワンシーンでは、登場人物の息遣いが聞こえてきた。暗闇の中で恐怖心を必死で抑えてどうにか逃げ去ろうとする女性の姿が見えた。だからこそ辛くなるし恐怖心が滲み出てくるのだが、それ以上に、この結末までの完璧な物語の構築に感嘆した次第である。
本人の解説にもあるが、書いているうちに短篇の書き方を掴んでいることが、読者目線からでもわかるだろう。ただ、そこで得た短篇メソッドのほとんどが、今でいう「イヤミス」スタイルで、読んでいると何とも言えない気持ちになることが多かった。それ故に夜の時間帯に読むことをわたしは避けていた。なんだか人とのつながりが離れてしまったような錯覚に陥りそうになるからだ。この人とのつながりの希薄化は、近年社会で叫ばれている一つの問題で、この小説内でも希薄化が事件を引き起こしていることが多かったと思う。もしかすると人は誰かを信じられなくなったときに、積み木のブロックのような曖昧なバランスの関係を一つだけ引き寄せようとして、結果的に全体を崩そうとしてしまうのかもしれない。そうやって何かを引き寄せることで、何か変化を起こそうとしているのだ。でも、それが一体何なのかは本人にもわかっていないような、そんな気がした。
○読後のおすすめ
こちらも緻密に組み立てられた貫井徳郎の長編小説。「乱反射」と「崩れる」は齋藤飛鳥がおすすめしていることで世に広まったらしい。どちらかを気に入った方なら、もう片方も必ず気に入ると思う。
夜の国のクーパー(伊坂幸太郎)を読んだ感想・書評
この物語は現実世界の延長線上に存在する。何の変哲もない成人男性が、気が付くと見知らぬ島に流れ着いていて、体が縛られている。しかも、胸の上には人間と言葉を交わせる猫が鎮座しているのだ。しかも彼の語るところによると、彼の暮らす国は鉄国の兵士によって占領されてしまったらしい。わたしが、この男性の立場であれば、自分の頭が狂ってしまったのかと思うだろう。少なくとも冷静ではいられない。伊坂作品の登場人物の特徴として現状を受け入れる柔軟性があげられると思う。そうでなければ物語が進まないのかもしれないが、それはもしかすると人間として備えた特性の中でも、特に強いものではないだろうか。
本書には大きなトリックがいくつか存在する。結末がどうなるのかは小さな頃から物語に触れている人間であれば簡単に思いついてしまったのではないだろうか? 一方で鉄国の兵士たちが仕掛けたいくつかのトリックは、そう簡単に見破れない面白い仕掛けになっていた。また猫たちの気ままな暮らしぶりと逼迫する小さな町の人間たちの心情に違いがありすぎるのだが、それが逆に読み手の興味をそそる。たぶん読み手に焦りの感情を生み出してくれるのだろう。それくらい猫たちは気ままなのだが、それがまた愛らしくて良かった。だから猫に対して苛立ちが生まれるわけでもない。
さて、人間の戦争が本書の主なトピックとして設定されていたが、同時に猫と鼠の会話も面白かった。特にわたしが興味を抱いたのが、本能のままに鼠を追いかけている猫たちに対して、説得を図る鼠の主張だ。最初は、トム君を罠にかけて交換条件として鼠の安全を主張していたのに、その後は被害にあう鼠を提供するからそれで手を打とうと持ち掛けるのだ。もちろん猫たちはその提案に困ってしまう。彼らは気が付くと鼠を追いかけてしまっているだけなのだから、生贄を差し出されてもどうしようもなかったのだ。この構図からわたしが思ったのは、わたしたちによる勝手な思い込みの数々だ。いつから食べられている側は弱者サイドに立っていると決め付けるようになったのだろうか。そして弱いものは、強いものがそうする理由を勝手に想像してはいないだろうか。例えばいじめがあったとして、そこに明確な理由なんてあるのだろうか。目の前の人間にイライラするのに理由が先行していると明言できるだろうか。わたしたちは思考することができる。時折、立ち止まって自分たちの振る舞いについて考えなければならないのではないのだろうか。
○読後のおすすめ
戦争に参加する末端の兵士には高位のイデオロギーは存在しなかったのかもしれない。著者の親族による体験が反映された作品。わたしたちの身近な生活に置き換えできる考えもあるのではないか。
さよなら的レボリューション(東山彰良)を読んだ感想・書評
この本を読んでいるとき、わたしは風邪を引いてしまい、寝込んでいた。せっかくの休日を年に数回しか引かない風邪で無駄にしてしまうことに悔しさを覚えながらも、これを機に一日中ただ小説を読むだけの時間をつくってもよいのではないかと思った。ちょうど前日まで「流 (講談社文庫)」を読んでいたので、東山彰良の本を読みたいと思い、がらがらの喉と夏に似つかわしくない厚着で近所の本屋に臨んだ。最初は「ブラックライダー(上) (新潮文庫)」を買おうと思ったのだが、風邪を引いている間に読み切れるのかな? と思い、こちらを手に取ったのだ。
わたしは、本書を読み進めるうちに「この本の読み時を誤ったかもしれない」と思った。きっとこれは風邪を引いているときに読むものではない。本書の中にみなぎっている活力は読者に走る力を与える。躊躇いをどこかに追いやってくれる。そして、どこかに向かって走りたくなる。そんな気力だけを体に養いながら、わたしはゴホゴホと咳をこぼして、元から熱かった体をさらに熱くさせていた。
わたしは、本書を読み進めるうちに「この本の読み時を誤ったかもしれない」と思った。きっとこれは風邪を引いているときに読むものではない。本書の中にみなぎっている活力は読者に走る力を与える。躊躇いをどこかに追いやってくれる。そして、どこかに向かって走りたくなる。そんな気力だけを体に養いながら、わたしはゴホゴホと咳をこぼして、元から熱かった体をさらに熱くさせていた。
何が一体読者の気力をここまで沸かせることができるのだろうか? わたしは高良の飽くなきトライ精神がそうさせるのだと信じている。高良は、とても陰気な人間だ。言わなくてもいい余計な一言なしに会話を終えることができないし、屁理屈の口述だけが上手くなるので、人間的な魅力は減っていくばかり。そんな彼が恋に落ちて変わる。小さなアクションを起こすようになるのだ。ただこれだけだとその辺の恋愛小説と何ら変わりがないように思える。しかし、高良のトライ——自分の殻を破る行動——は、ここで収まらない。中国に渡り偶然目にした、歴史によって狭間に取り残された女性を救うために行動を起こす。結果的にこれは失敗に終わるけれど、高良の中に芽生えた意識は、一連の行動なくして生まれなかった本物の魂だ。彼の恋心は時間を経て人間に対する大きな愛へと成長している。こんな青春パンクを見せつけれて、その場にじっとしていられるわけがない。
○読後のおすすめ
死神の浮力(伊坂幸太郎)を読んだ感想・書評
この物語には、まともな人間なんて一人も存在しないのではないだろうか。そんなことを思いながら本書を読了しました。
元々、この死神シリーズは、千葉という死神の存在によって成り立っています。人間の死期を判定する存在で、仕事に対しては真面目な一面を見せるもの、とにかくミュージックが大好きで、目の前にミュージックがあるとそちらに注意が向いてしまう。長らく日本で仕事をしていて、わたしたちが教科書で学んできた歴史を間近で見続けてきた千葉は人間にとって異質な存在。実際に彼らと出会った人間たちは誰もが彼の言動を訝しく思います。それが読者にとっては面白みになるのですが、そのバランスが難しい。例えば千葉が頻繁に取り上げていた「参勤交代」というワード。史実をいかにも体験したかのように語る千葉を最初は面白く感じましたが、何回もこの話題が出てくると少し疲れてきます。それは「史実を見た」といういかにも嘘っぽい語りを面白く思って最初は笑うものの、何回もそれを強調されると飽きがきて「はいはい」とあしらいたくなるからでしょう。今回が死神シリーズ初の長編で何回もその話題が出てきたからこそ感じたことでした。実際の生活でも面白い言葉には、面白さを発揮するタイミングがあるということを重々承知し使わなければならないのだと実感させられました。
千葉に焦点を当てていましたが、その他の人間について考えてみても、やはり彼らの考え方はどこかぶっ飛んでいることがわかります。娘の死を悼み、その報復に「法律」を使わずに(委ねずに)自ら制裁を与えることを望む夫婦の姿。これは人間が憎む相手に対して考える「可能な限り苦しんで死んでほしい」という考え方を反映させようとしたのだと思います。わたしも自分の大切な人が誰かに傷つけられたときに、自分の手で相手を苦しめたい、と仮想の相手に対して思ったことがあります。わたしにはそこまでの体験がないのですが、その境遇を想像するに、この夫婦のような気持で生きているのかなと少し疑問に思いました。これは物語を少しでも明るくしたいという作者の意図かもしれませんが悲壮感が少し薄かったように思えます。たぶんわたしだったら壁を叩きつけて自分をいたぶるぐらいのことをしないと冷静にいられないだろうと思うような場面が何度かありました。簡単に相手が自分たちの冷静でいられないという弱点を見つけられないように考えて行動していたのかもしれませんが、それはそれでなんと苦しいことなのでしょうか。被害者の遺族がすべてをその怒りや喪失に対する悲しみに捧げなければならないように思えてきてしまいます。本書の夫婦は千葉が来て笑いが増えたと語っています。そんなことを言いながらも復讐について考えている夫婦の姿は異様でした。復習のお供が面白いなんて、現実世界にはあり得ないことでしょうが、なんにしてもやはり人間に笑顔は欠かせないのだと思います。
本書の最後で夫婦と本間が直接対決を果たします。今までは冷静に行動していた本間が、焦っているのか、扉がぶっ飛んだ状態の車でハリウッド映画並みのドライブアクションを見せてくれるのですが、それを追いかける千葉の姿を描写した場面が妙に鮮明でわたしはそこが一番好きでした。背筋をぴんと伸ばして、後ろに男を乗せながら淡々と、でも猛スピードでペダルを漕ぐ千葉の姿。緊迫したシーンにあり得ないことをしでかす千葉がやはり一番面白いのです。
○読後のおすすめ
SLEEP 最高の脳と身体をつくる睡眠の技術を読んだ感想・書評
以前から睡眠の質を高めたいと思っていた。理由は明白で適切な睡眠時間を確保しているようなのに、目覚めがあまり良くないことが多いからである。そこで私は、「スタンフォード式 最高の睡眠」を読んでいくつかの睡眠に関する知識を得た。すべてを実践することはできていないが、うまくいっていることも多いため、継続して睡眠に関する本を読むことにしたのだ。
本書はホルモンレベルで睡眠に関して考察している。そのため一読してすべての内容を記憶することは難しいだろう。そのためブログ内でも私が気になった個所を抜粋するようなかたちとしたい。
まず睡眠の重要性を語ために必須といえる情報である。当たり前の考え方だが、大人になると忘れてしまうのが、睡眠によって人は成長しているという事実である。これを「同化作用」と呼ぶ。生体物質を合成してエネルギーを蓄えている。また、思考のばらつきが整理される時間にもなる。対照的に日中帯には、「異化作用」が発生する。ここでは、生体物質を分解してエネルギーを燃やすのだ。人の働きを考えれば妥当だろう。しかし、大人になると成長の概念が変わってくるように思う。精神や思考の成長を求めるためか、睡眠を疎かにする人がいる。おそらく、睡眠による成長には肉体的な成長のイメージがつきまとっているし、そもそも睡眠には成長よりも疲労回復の印象が強いのだろう。
さて、この睡眠を阻害するのが、カフェインや入眠前の運動などである。前者のカフェインは、8時間も効果が残るという研究成果があるようだ。結果的にカフェインを飲んだ状態で寝たとしても、それはノンカフェインと比べると効果的な睡眠にならない可能性があるから気をつけたい。また、入眠前の運動が良くないのは、眠気が熱放出に伴って増長されるものだからである。せっかく適切な熱放出を実現していたのに、それを自分が運動によって体温を向上させ壊してしまっては何の意味もない。運動は朝から午後イチの間で行うのがベストだろう。
また、飲食が睡眠の質に影響を与えるのは、何もカフェインだけではない。腸内環境が悪化していると脳の働きや睡眠に悪い影響が出るという研究成果が発表されているらしい。腸内で働くホルモンがそれらの働きにも関与していることが原因のようだ。これらのホルモンはあまりにも数が多いのでここでは割愛する。ただし、腸内環境が良くないと睡眠の質に影響を与える可能性について考慮し、食生活に気を配りたいと思う。
このように睡眠までの時間で人が考慮すべき要素はたくさんある。一方で、寝ている最中の環境についても考慮が必要だ。それは光に関している。光が眩しいと眠れない人はいるだろうが、ダウンライトや外から漏れる光が人間の肌に触れることで睡眠の質が下がるそうだ。皮膚呼吸のように人は身体全体で光を浴びていることはなんとなく知っていたが、それが与える影響の大きさに驚かされた。なんでも睡眠の質が50%下がることもあるそうだ。遮光カーテンのような対策が必要なのかもなと思った。
この遮光カーテンのような寝具が原因で幼児が連続死した事件が過去のアメリカであったらしい。マットレスに有害物質が含まれていることに気づかないまま使用されていたことが原因だ。日常的に売られている寝具に有害物質が含まれているなんて誰が考えるだろうか。考えるのは、それがどれだけ暖かいのかや涼しいのかである。まさに寝耳に水の出来事であっただろう。こうやって考えると睡眠とは日々の生活について考えることなのかもしれない。定期的な見直しと徹底した習慣化を図りたい。
○読後のおすすめ
より実践しやすい方法を求めるならこちら。
仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方を読んだ感想・書評(3-4/4)
以前から継続して読んでいる書籍の追加記事だ。
前回も主張しているようにメモやTodoなどを活用した仕事術が世に溢れている。一方で、それをなぜ活用するのかに着目する人が少ないという私の疑問がある。本来、このようなワザは、何らかの理由があって、そのために実践されるべきだ。しかし、このようなワザが、とにかく必要だとうったえられて、気が付くと単に習慣になっているという人があまりにも多い。良くも悪くもビジネス系の研修が充実している証拠だろう。しかし、そのような状態は良くない。意味合いを知らないと、実践する際のポイントに気づけないだろうから。
上記の疑問に対する答えは前回の投稿内容を最後に添付することで終わりとしたい。
今回は、本書の後半で語られていた。プライミング効果について記述したい。プライミング効果とは脳が先行情報を感知して行動することを指している。脳にはスキーマと呼ばれるひきだしのようなものがあって、既に知っていることは無意識的にそこから情報を引っ張っていたりする。当たり前だけど全てのことに対して思考していたら、人間はスムーズな動きが実践できない、そのためにも情報はとても大切になるのだ。一方で先行情報は、仕事に対して良い面と悪い面をもたらすことがある。
良い面は、上述したように当たり前のことを自然的な振る舞いで実践できることだ。反射的にすべき作業に良い影響を与える。一方で、常にそのように反射的に仕事をしているうちに環境が変わっている場合がある。気が付いたときには沼にはまっていて抜け出せないことも……自身の業務や作業について振り返る時間が必要ではないだろうか。そこで私は、自分が気にすべき情報をTrelloにメモ書きすることで一元管理したいと思う。仕事前にそれを見返すことで良い先行情報を自分にもたらしたい。これは、「コピー1枚とれなかったぼくの評価を1年で激変させた 7つの仕事術」で紹介されていたワザを自分なりにアレンジしたものだ。
また本書で面白かったのが、誰かと会話をしているときに、注意を自分ではなく相手に向けろというものである。よくこんな話を聞く。人が誰かと会話をしているとき、相手の話を聞いているようで、実は相手に話す内容を脳内で整理しているのだと。このような状態では相手と建設的な会話ができないかもしれない。上述したような先行情報も関与してくるとなおさらである。この問題の解消法として本書では、相手の「答え」ではなく「応え」に着目せよと記載されている。テキスト情報だけでなく、コンテキスト情報から相手の考えを探ろうということだろう。コンテキスト社会の日本人であれば意識さえ向ければ実現可能なワザだと思う。相手の言動を見ることで、適切な会話の運びを実践するのだ。これは1on1などを実践するリーダータイプの人間ほど大切な考えになるかもしれない。
○読後のおすすめ
流(東山彰良)を読んだ感想・書評
まるで自分がその物語の中に生きているような感覚を抱く、そんな小説だった。
私は台湾を訪れたことがない。ましてや台湾の事情なんて知る由もなく、最初は人の名前を覚えるのすら苦労した。しかし、次第にそんな些末なことに気をとられることはなくなった。秋生を中心に巻き起こる数々の出来事が、そこに漂う血の匂いが、私の脳内を支配して「早くページを捲れ!」と駆り立てたからだ。そうなるとそこに生きる人々は名前に拘らない。その人物の持つパーソナリティが物語を動かすのだ。
本書を読み終えると、私は、流れ行く世界、国、街、家族、人の心について考えさせられた。それぞれの視点によって物語の受け取り方が異なるように、戦争の考え方にも様々な捉え方が存在する。著者は、戦争についてあまり多くを語らない、一方で末端の戦士たちは、複雑な理念のもとで戦争をしていなかったという事実について、何度か小説の中で語っているように思える。私はあまりにも若く、戦争についても義務教育を超えた知識を持ち合わせていない。しかし、この考えを会社組織に置き換えてみるとスッキリする。末端の作業者は自分の作業が何に寄与しているのか知らない場合が数多く存在する。そこには個人の生活への働きが強く反映されている。このような生活ファーストの働き方に近しい考えはあったのではないだろうか。ただ、本書にも何度か登場する親しい人の親しい人だから助けるという仁侠の考えが、今の社会からは薄くなってしまっているかもしれない。私はそれを羨ましく思った。
ガラッと話を変える(※ネタバレします)。宇文叔父さんについてである。彼は一家抹殺という目的のために自分の人生を投げ売った。自分の大切な家族があまりにも無残な殺され方をしたことがその理由だ。あまりにも長い時間を要したことで彼の周りでも様々な変化があった。その一つが彼が家族に溶け込んだことである。彼は一人の家族として、本来抹殺すべき家族の人たちに迎えられる。彼の中で目的遂行に躊躇いが生じたことは想像に難くない。結果的に祖父を彼は殺し、後悔ないことを秋生に語る。それだけの強い念を抱いていたのだ。私にはその念の強さが想像できなかった。あまりにも平和的な世界で生きているからだろう。幼いころは不意に母がいずれ死ぬことを知って、未来の死因に何の意味もない怒りを発していたぐらいだが、それなりに生きて、それなりにこの国が平和であることを知ってしまった。周りの大切な人が、自分の目の前で殺されたときにどれぐらいの怒りが沸き上がるのか、想像することもできなくなってしまった。それはそれで心に余計な負担がかからない良いことだとは思うのだが――。
一人の人間の死が世界を変えるような大きなうねりを生み出す可能性は限りなく低い。世界の注目を集めるような死に方をしたか、もしくは世界の注目を集めるような人物であったのかどうかが結果を左右する。しかし、その人の周りの環境を大きく変えることは間違いないと思う。秋生やその周りの人間を見ているとそう考えさせられる。
○読後のおすすめ
宮部みゆきが、東山彰良で最も優れた小説と語っていた一冊。