元々、この死神シリーズは、千葉という死神の存在によって成り立っています。人間の死期を判定する存在で、仕事に対しては真面目な一面を見せるもの、とにかくミュージックが大好きで、目の前にミュージックがあるとそちらに注意が向いてしまう。長らく日本で仕事をしていて、わたしたちが教科書で学んできた歴史を間近で見続けてきた千葉は人間にとって異質な存在。実際に彼らと出会った人間たちは誰もが彼の言動を訝しく思います。それが読者にとっては面白みになるのですが、そのバランスが難しい。例えば千葉が頻繁に取り上げていた「参勤交代」というワード。史実をいかにも体験したかのように語る千葉を最初は面白く感じましたが、何回もこの話題が出てくると少し疲れてきます。それは「史実を見た」といういかにも嘘っぽい語りを面白く思って最初は笑うものの、何回もそれを強調されると飽きがきて「はいはい」とあしらいたくなるからでしょう。今回が死神シリーズ初の長編で何回もその話題が出てきたからこそ感じたことでした。実際の生活でも面白い言葉には、面白さを発揮するタイミングがあるということを重々承知し使わなければならないのだと実感させられました。
千葉に焦点を当てていましたが、その他の人間について考えてみても、やはり彼らの考え方はどこかぶっ飛んでいることがわかります。娘の死を悼み、その報復に「法律」を使わずに(委ねずに)自ら制裁を与えることを望む夫婦の姿。これは人間が憎む相手に対して考える「可能な限り苦しんで死んでほしい」という考え方を反映させようとしたのだと思います。わたしも自分の大切な人が誰かに傷つけられたときに、自分の手で相手を苦しめたい、と仮想の相手に対して思ったことがあります。わたしにはそこまでの体験がないのですが、その境遇を想像するに、この夫婦のような気持で生きているのかなと少し疑問に思いました。これは物語を少しでも明るくしたいという作者の意図かもしれませんが悲壮感が少し薄かったように思えます。たぶんわたしだったら壁を叩きつけて自分をいたぶるぐらいのことをしないと冷静にいられないだろうと思うような場面が何度かありました。簡単に相手が自分たちの冷静でいられないという弱点を見つけられないように考えて行動していたのかもしれませんが、それはそれでなんと苦しいことなのでしょうか。被害者の遺族がすべてをその怒りや喪失に対する悲しみに捧げなければならないように思えてきてしまいます。本書の夫婦は千葉が来て笑いが増えたと語っています。そんなことを言いながらも復讐について考えている夫婦の姿は異様でした。復習のお供が面白いなんて、現実世界にはあり得ないことでしょうが、なんにしてもやはり人間に笑顔は欠かせないのだと思います。
本書の最後で夫婦と本間が直接対決を果たします。今までは冷静に行動していた本間が、焦っているのか、扉がぶっ飛んだ状態の車でハリウッド映画並みのドライブアクションを見せてくれるのですが、それを追いかける千葉の姿を描写した場面が妙に鮮明でわたしはそこが一番好きでした。背筋をぴんと伸ばして、後ろに男を乗せながら淡々と、でも猛スピードでペダルを漕ぐ千葉の姿。緊迫したシーンにあり得ないことをしでかす千葉がやはり一番面白いのです。
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