設備の整った施設と手厚い保護。それが障がい者にとって幸福をもたらす条件であり、それそが、”良い福祉”なのだと位置付けていた私は、1階にあるチョークの製造ラインと、いくつもの絵が輝いている窓を持った食堂を訪れ、また彼らの目標という「声」を読んで、そうした思いがいかに「狭い視野」によるものだったかを考えていた。
「障がいのある社員のなかに、天候に左右される人がいることがわかりました。雨だと嫌な気もちになるらしく、すごく気にしていますね。ふだんはあまり天気に触れないのですけれど、休憩時間などに『今日ずっと雨ですか』とか、梅雨入り前には『梅雨入りしますか』とか、気持ちがずっと興奮していて、落ち着きがなくなってきます。雷が鳴ったりしたら大変です。怖くて目をつぶってしまい、手元が見えずに危ないので、『ちゃんと目を開けて作業して』と言わなければならないほどです。ですからその対策として、天候が悪くなってきたら私が窓のブラインドを閉めるようにしています」
佐藤さんは、彼らの不安を少しでも取り除くことができればと心を配っている。
「社員旅行などに行くと、いつもと違うところだと感じて、不安になったり興奮したりするのです。不安になったり、興奮したりするポイントも一人一人違います。そのポイントもわかってくるので、『こういうふうに伝えたら、この人はこう反応するな』と考え、サポートするようになりました」
一人ひとりの特徴をしっかりと把握して働き方に向き合う必要があるのだと痛感しました。一方で、やはりこれもどのようなチームであっても人と働く限りは大切にしなければならない観点なのではないかと思いました。私はシステム開発に携わっていますが、かなり業務がタスク思考に陥りがちです。人は工数をこなす駒のように思われるときもあります。生産性という観点から見るとこれらも大切なのですが、それだけが大切ではないことも意識して取り組む必要があるのだと思います。
最後に私が最も心に響いたと感じる文章を引用して締めたいと思います。幼い頃に自閉症と診断された真士さんをずっと見守り続けた母の裕子さん。日本理科学で生産ラインの主翼を担うまでになった真士さんと裕子さんのやり取りに思わず胸が熱くなった。
「以前、とても早く出かけることがあって『どうしてこんなに早く行くの?』と聞いたことがあるのです。『今は忙しい時期だから早く行くんだ』と言っていました。仕事への責任感を言葉にする真士の姿が嬉しかったです」
時間の感覚や約束を守る感覚に苦労した時代もあった。自閉症的傾向により仕方ないと諦めていた生活時間の遵守は、渾身で取り組める仕事を手に入れたことでなされたのである。
裕子さんがキットパスの製造見学に訪れた際のことだ。働く真士さんが裕子さんに唐突に声を掛けた。その言葉が、今も心で響いている。
「キットパスを作っていた真士が、ふと顔を上げて、私にこう言ったのです。『お母さんの好きな緑だね』と。手には、成形したばかりの鮮やかな緑色のキットパスがありました。私は緑が好きで、何度か真士の前で話したことがあるかもしれません。それを覚えていてくれたばかりか、自らが作る大切なキットパスを見ながら、そう声を発してくれた。それ以上の会話はありませんでしたが、真士の思いやりを感じ、胸がいっぱいになりました。