望郷(湊かなえ)を読んだ感想
※ネタバレを含む可能性があります
年明けに書店の特設コーナーに並ぶ文庫本の山を見た。
それは文字通り山のように積まれていて、その著者の人気や書店員の期待を反映しているようだった。それが本書「望郷」だ。
僕はその装丁を見て、とてもキレイだと思いました。黒い背景に淡い青い光がふわふわと浮かんでいるだけなのに。タイトルに合わせて、故郷を思う気持ちとはこのような描写で表現されるのだろうかと思った。そして、興味を持った。しかし、僕はこの
望郷を手にすることはなかった。以前に別の記事で少し触れたことがあるが、湊かなえの地の文は独特の雰囲気があって読みづらいと感じたことがあったからだ。
結果的に本書を読んで、僕はこの印象を改めざるを得なかった。湊かなえ作品は三作目で、まだまだ読書量は少ないが、本書が最も読みやすい印象を持った。それでいて、内容自体にも惹かれた。おもしろかった。
ただ、最初に僕が本書に感じた不満を一つ挙げておくと、誰目線で話が進んでいるのか、今は何について話しているかが度々分からなくなった。
本書では「現在」と「過去」二つの時制で、主人公が語る(もしくは体験する)のだが、その語りをしばらく読んだ後で、あれ? 主観だと思っていた人が実は大人だった、とか、あれこれってこっちの人の話だったの? とか、どうでもいい躓きが何度かあった。結果的に文書を無駄に読み返すこともあった。
最初はこのようなトリックがあるのかと思ったが、特にそういうわけでもないので、できれば主観が誰なのかは最初の文節あたりで明確化しておいてほしかった。
本書は因島をモデルにした「白綱島」という島が舞台になった小説だ。
湊かなえ自身が因島出身ということもあって、物語にはリアルな側面がつきまとっている。それをどう読むのかは読みての環境によって大きく作用されるのかもしれない。
例えば私は島の出身ではない(本土出身)。しかし、田舎出身なので、なんとなく共感できる語りも数多くあった。しかし、本書に出てくる橋の描写は僕が体験してこなかったことなので印象にも残りやすかった。
橋は島の自由を誘発するものであると同時に、何かを抑制するものとして機能している。すぐに渡れば都会が見えてくるかもしれないのに、引け目や周囲の抑圧からそこを渡ることができない。また、その橋が架かったことで島が本土の市と合併させられる結果も誘発している。
僕も自分の住む街が他の街と合併した経験を持っている。住所が変更されたときは自分の居場所を一つ失ったような感覚にも陥った。しかし、時間が経つごとにその環境に慣れたことと街の雰囲気が良くなっていったことで僕は満足したし、これでよかったんだと思えた。
これは「橋」のような目に見える媒介がなかったからなのかもしれない。子どもなので特に目に見えるものの効果が大きかったんだと思う。そのような描写も湊かなえはしっかりと文字にしてくれていて読み応えがある。
ミステリーというジャンルで区切られる本書だが、伏線を交えたサスペンスのような見方を僕はしている。トリックはいかにもトリック然とした姿をしていない。なので、結果的に何が起こるのかは分からないまま話は進む。が、単純に心理描写と風景を想像させる力があって読ませるので、伏線回収まで楽しんで読むことができる。
僕は本書を読んで、島の現状が分かったとは思わなかった。
どちらかと言うと僕は、島も本土も抱えている問題はそんなに変わらないんだなと思った。それぞれの環境に合わせて少し形を変えているだけだ。僕たちは本質的に学ばなければいけない。その本質はどこにでも存在している。
最後に「海の星」で見られる青い光。本書の装丁にもなっている光の正体は解説でネタバレがされている。単行本しか読んでいない方は是非、読んでみてほしい。