※ネタバレ注意
どこか頼りないけれど物語を動かす主人公、日常に潜む眉を顰めたくなるような残酷なシーン、驚きを生無展開とそれを支える何気ないワンショット。どれもが伊坂幸太郎の代名詞でありながら、過去の作品と全く同じような展開になっていないことも素晴らしいと思った。
個人的に良かったポイントを三つにまとめているので、それぞれ紹介したいと思う。
■愛を呼ぶ超能力
「愛を呼ぶ超能力」と書くと、相手から行為をもたれるような能力を指しているように思われるかもしれない。しかし、ここでは超能力自体ではなく、その設計が読者から好かれやすいということを言いたい。
本書では双子が誕生日のある時間だけ、自分たちの居場所を瞬間的に交換してしまうという超能力がキーになっている。普通、瞬間移動の超能力は、誰もが憧れる能力というのもあって、かっこよく描かれることが多い。しかし、本書に限って言えば、一年に一回の誕生日でだけ、しかも二時間おきに発生するという不便な制約がついている。
そのせいで双子は、誕生日になると完全に同じ服を着て、入れ替わりが発生しても戸惑わない場所に移動して……という具合で瞬間移動に慎重に備えている。
この一見すると便利なのか不便なのか分からない設計だからこそ、物語の中で使いどころを考えさせられるし、展開が熱くなるのだ。これが、いついかなる時でも瞬間移動できる主人公の物語であれば、相手はそれを越える能力を備える必要がある。つまり能力のインフレが発生するのだ。これでは読者も期待できない。なぜなら、次々と最強の能力が登場してくるので、なんでも有りになってしまうのだ(逆にそれをネタにして読者を楽しませている漫画もある)。
今回は、あえて不便な瞬間移動にすることで、読者が入り込む余白を用意して、一緒に物語の展開を見守る状態を作ることに成功していると言えるだろう。
■精緻に練られたストーリーから嘘を読み取ることは難しい
人は信頼することから始める。つまり相手を信頼できない場合は、よっぽど信頼できない要素が揃っているということだ。そう聞くと「自分は滅多に騙されない」と言う人が出てくるのだが、果たしてそうだと言い切れるだろうか?
人は一貫性のある情報であれば大抵は受け入れる。しかも分かりにくい質問や疑問が出てくると解決しやすい情報に置き換えて回答しようとする性質がある。これは脳科学的に検証されている事実だ。そのためストーリーは受け入れやすい。なぜならストーリーは基本的に一貫性を備えた設計がされているし、どのような話を作ろうと聴き手には嘘と本当の境目がわからない。
しかし、本書では主人公の敵が、主人公のストーリーによって陥れられそうになっていることに気づく。それに対して主人公は「どこでバレた?」と疑問に思う。
僕の予想では、敵も主人公の話を真剣に聞いていたし、信じていたはずだ。その潮目が変わったのは、主人公が、過去に出会った少女が事故を装って殺されたという話をしたからだと思う。普通に考えれば、その話は本筋に関係がない。しかも敵からすればデリケートな話題だ。そこに注意が向かないはずがない。つまり、主人公は「信じられない一点」を見つけられてしまったのだ。
このように気づくには相当注意深くなる必要がある。そして、これは相当疲れる。だから、人は基本的に注意を向けずに話を聞くし、一貫性があれば騙されてしまうのだ。これは良くも悪くも意識しなければならないポイントだなと思う。
■クライマックスの少し前に結末がわかると気持よい
伊坂幸太郎の小説を読んでいると爽快感が溢れてくる。わかりやすい適役の存在と、それに立ち向かう主人公の構図がわかりやすいし、そこに向かうまでの謎とカタルシスの蓄積が、うまく設計されているからだと思う。
この謎とカタルシスの開放タイミングが伊坂幸太郎は絶妙で、クライマックスの少し前に「お、まさか」と思わせてくれる雰囲気が出てくる。だから実際にそのような結末になると自分が全て考えたとおりにストーリーが進んだような爽快感が生まれる。この爽快感が読者を病みつきにさせるのだ。