本書は、彼の生い立ちから現在までを端的に記述したものである。最初に彼の両親の死について描かれている。驚かされるのは、両親の死によって親戚の家を転々としていた彼が考えたのが、経済的な自立であるということだ。彼はまだ十歳で、お金を稼ぐために使えるものは、己と従兄弟から与えられたアコースティックギターだけである。
彼は、程なくして路上ライブを始める。寒空の下、自分の体ほどの大きさのギターを抱えて歌う少年の姿を想像すれば、虚しさにも似た感情がこみ上げてくる。しかし、彼の姿勢はとても前向きだった。どうすれば自分の歌を聴いてくれるのか。そして、お金を貰うことができるのか。そのための仮説を繰り返し構築した。結果的に月に十万円を稼ぐこともあったという。圧倒的な思考力と行動力に驚かされる。
この経験が基になって、Showroomは生まれたらしい。努力を重ねる人が正当な対価を得ることができる空間の創出。それはライブストリーミングという次代のビジネスチャンスを捉えたサービスでもあった。
本書を読んでいると人がどのようにお金を使っているのかについて、何度も考える機会が提供される。特に印象的だったのは、「ヒト」が人との繋がりが消費理由になるので、そのサービスは簡単に潰れないという主張だ。今後、テクノロジーの進化によって、多くの物が変化を遂げる。その物に対して、お金を払い続ける保証はない。しかし、そこに人への想いがあれば違う。これからも私たちの社会には人がいる。当たり前のことだけれど、変わらない普遍の事実だろう(人が絶滅すれば、そもそも話は打ち切りなので、その可能性はなしとする)。ならば、ビジネスで大事にしなければならないのは、そこではないのか。人と人の繋がりを生むためのビジネスこそ、今後も変わらず存在し続けるもので、どんなサービスを提供する会社でも意識しなければならないものだと思った。
Showroomは、サービスを通して、濃密なコミュニティ空間を生み出している。私も一度利用したことがあるが、そこに参加している人の熱量は凄まじいと思った。スマホと向き合って、自分たちが好きなものと閉鎖的な空間で向き合うことができるように設計されているのだろう。彼は、コミュニティが深まる理由を5個あげている。①余白があること、②クローズドの空間で常連客ができること、③仮想敵を作ること、④秘密やコンテクスト、共通言語をつくること、⑤共通目的やベクトルをもつこと、である。
①の余白とは、ファンが、その人物に入り込む余地だと解釈している。例えば、僕はとあるアイドルグループが好きで、そのグループを卒業するアイドルの卒業ライブを観て泣いたことがある。その時に、僕は何を想って泣いたのか、正直なところ理由はよくわからない。自分の好きなアイドルを二度と目にすることができないから、周りで泣くグループのメンバーの寂しさを知覚したから、彼女が決断するに至った過程を想ったから、運営の素晴らしい演出が心に刺さったから……。様々な理由が思い浮かぶ。きっとどれも本当なのだろうと思う。そして、これらは、ファンが彼女たちを見て勝手に想像したストーリーに過ぎない。なぜなら彼女たちの努力の全てを私たちは知ることができないからだ。これは一例で、この余白は何でもよい。個性や弱み、彼女たちの趣味なんでも、私たちが入り込む余地になる。きっと私が泣いた彼女の卒業にも、彼女が生み出す何らかの余白があって、そこに私は入り込んでいたのだと思う。
②は文字通りだが、これが実はすごく難しいのだと思う。閉鎖的な空間を作ると入口が狭くなる可能性があるからである。常連客を大切にする反面、新しいお客さんも大切にできる空間をどのように生み出していくのか考えなければならない。そうやって生み出された愛すべき空間には、自然と④ができるような気もする。もちろん意図的に発生させる工夫も大事なのだろうが、全ては②をどう捉えるかによって、結果が変わると私は考えている。
③について、これは場合によっては⑤と連動すると私は考えている。何らかの敵がいると人はまとまりを保ちやすい。その存在が自然とチームのベクトルになるかもしれない。これは私の推察でしかないが、敵がいると人は何をすべきかが明確になるのだと思う。普段は何となくいつもと同じ仕事をしていたり、何か新しいことを始めようとゼロから考えているチームの前にライバル企業が発生したとき、彼らはその企業に勝つためにすべきことを考えるだろう。何かやるべき? という思考レベルから、義務や責任が生まれる行動思考に落とし込まれるのだ。これは極端な例かもしれないが、こうやって説明できてしまうくらい敵とは簡単な存在で、私たちの行動に影響を与えているのだ。
最後に⑤について。最近、人を集めて、チームで何かを成し遂げることを頻繁に考える。このとき、チームや個々に大切なことはなんだろうか。今までは「能力」だと思っていた。だから能力が何であるかを紐解こうとしていた。もちろんこれは大事なことなんだけれど、最も大切なことはこれじゃあないと思った。ある能力が欲しければネットで探し出して買うことも可能だ。マストではない。じゃあ何が大切か。信頼と志ではないだろうか。結局のところ能力のほとんどは経験によって生み出される。能力の獲得やサービスへの興味だけで人を集めてしまえば、彼らはその興味を失ったときにチームを去ってしまう。でも、大きな志のように人と人の繋がりに惹かれる人間は、最後まで一緒に闘えるし、その過程で大きな能力を身に着けることができるような気がする。本書に書かれているのも、これに近いことだと理解している。
このように理論的なコミュニティの紐解きについての文章を読んでいると、前田裕二の頭の良さを意識せずにはいられない。しかし、彼は行動力も素晴らしい。少年時代の路上ライブはもちろん。就活前に徹底的に自己分析をして、何に対しても即答できるようにしていたこともすごいし、何よりも証券会社時代の努力は凄まじい。誰よりも長くオフィスに残って、朝の5時に出社する。今は、そのまんまマネすることはできないだろうが、それにしてもトップになろうとするのであれば、これだけの努力をする人間と向き合わなければならないのだと実感させられる。
彼はこれらについて、対価を貰ううえでの当たり前の努力だと述べている。私はこのモチベーションの源泉が何なのかを知りたいと思った。そういえば、彼も就活や企業前に色んな人のモチベーションの源泉について考え、意見を聞く時間があったと述べていた。私もこれに似たことをやってみたいと思う。
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