本書はナデラが現役のCEOとして、マイクロソフトで行った改革事項や今後の戦略について言及していることに価値がある。「種は蒔かれ続けていた」と上述したものの、世界規模の会社で、負けムードが漂っている一方で勝っていた時代の驕りが抜けない会社の風土を変革するのは、かなり困難だったと思う。ナデラは最初にこんな問いを自分に向けている。
「マイクロソフトの存在理由は何か? この新たな役職での私の存在理由は何か?」
この存在価値の問いは大企業にとってとても大切だろう。自分たちでなければできないことを考えることは、会社の文化を形成するうえで、とても大切なプロセスに思えるからだ。役員を集めて瞑想をし、自分たちがこの会社で何をしたいのか、正直に語り合う時間も設けたらしい。最初は、みんな口を閉ざしていたが、正直に語りあうことで涙が零れるような場面も生まれたという。人生の大部分を費やす仕事で、世界のために何ができるのかをオープンに語ることができるトップがいるのは、とても羨ましい。私は、口下手な方なので、そういうトップの志のためにできることを考えたくなる。
この問いかけは社員に向けて、このように語られている。
「この産業は伝統を尊重しない。イノベーションを尊重する。モバイルファースト、クラウドファーストの世界でマイクロソフトを発展させることが、私たちの課題だ」。その日、私が強調したいテーマがあったとすれば、それは、マイクロソフトが消えてしまったら世界からなくなってしまうものを発見しなければいけないということだ。
とても素晴らしい考え方だと思った。多くの企業は、自分たちが何を生み出せるかにばかり注意を向ける。新しいビジネスを生み出せなければ、激変の現代社会で生きていくことはできないからだ。しかし、変化が激しい時代だからこそ、私たちがいなければ残せない価値や、普遍的なものに目を向けることも大切なのではないだろうか。結果的にマイクロソフトは生まれ変わる。ナデラの言葉を受けて、閉じたビジネスモデルを構築していたマイクロソフトは、現代のニーズに沿ったオープンプラットフォームで勝負を仕掛ける。結果は現在の市場価値が物語っているとおりだ。
優秀なリーダーは、いきなり自分のチーム(企業)を自分色に染めようとしない、ということを以下の書籍で学んだ(なぜ、あなたがリーダーなのか[新版]――本物は「自分らしさ」を武器にする)。ナデラは、それを見事に実践しているように思える。就任当時のマイクロソフトがどのような状態なのか。経営と文化(定量と定性)の側面から観察し、共感の文化を植え付けた。ナデラが大切だと思える共感の文化が生まれた状態で経営にも大きな変革をもたらしていった。ナデラは、製品にもユーザへの共感を反映させる必要があると語っている。ボタンの位置を微細に変更して、数値の変化を見るような時代だ。これが現代の当たり前の考えなのだろうが、それひとつを取ってもマイクロソフトが閉じた世界で動いていたことを決定づける発言に思えるし、それを公に言えるほど、ナデラの変革が少しずつ効果をもたらしているのだと実感させられる。
このような共感の戦略について、ナデラは何度も何度も繰り返し語る。本書でも読むのが苦しくなるくらい同じことがかかれていたりする。なぜこれほど同じことを言うのか。それは社員の業務に、この新しい文化が完全に根付くことを狙っているのだ。役員がどれだけ必死に考え抜いた戦略も、業務に落とし込まれていなければ何の意味も持たない。そして、役員と社員の距離は遠い。この距離感を理解せず、たった一度の講演などで戦略の意図が伝わったと考えてはならない。具体的に戦略と文化が落とし込まれるまで、役員はその意図と価値について語らなければならないのだ。
日々の仕事に取り組んでいると俯瞰でビジネスを捉えられなくなる。自分のプロジェクトは何のためにあるのか。当初の目的は? 今の価値は? 簡単な問いかけでもよいから、自分たちにしてみるべきなのかもしれない。
〇読後のおすすめ
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天才起業家とも称されるイーロン・マスクについての一冊。同じテック系の企業でCEOを務めているナデラとマスク。しかし、二人の仕事に対する姿勢は全く異なる。その差分について考えてみるのもおもしろいかもしれない。
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