南場 智子 日本経済新聞出版社 2013-06-11
本書を読んでいて一番感じたことは、彼女が自分の作った会社と社員を心の奥底から愛しているということである。何人もの社員が登場するのだが、その全てに彼女の愛が注がれていることは一目瞭然で、彼女のような素晴らしい人間にこうやって評価してもらえる彼らのことを私は羨ましく思った。そして、自分はこれだけの働きができているのだろうか? そんな自問のきっかけにもなった。
時間が経って振り返るからこそ、彼らに対してそのような言葉をかけることができるのかもしれないし、それはDeNAが上手く経営されている証でもある。しかし、DeNAの滑り出しは決して順調とは言えなかった。出資してくれる会社とサービス概要が決定し、何度も徹夜を繰り返しながらサービス仕様を決定した段階で、外注していたソフトの開発会社からソースコードが一行も書かれていないことを告げられたのである。陰惨たるオフィスの光景が容易く想像できるはずだ。まだサービスが稼働していないベンチャー企業に出資している会社は何を基に出資を決定しているのか。間違いなく彼女たちに対する信頼だろう。彼女たちは、この事件で何を失うのかを瞬時に理解したはずだ。そして理解できたからこそ身動きがとれなくなった。結果的に出資者の一人の声掛けによってサービスは縮小して動きだす。常に何ができるのかを考えなければならない。そう言ってしまえば簡単だが、はたして自分に同じような動きができるだろうか。
彼女らは、この一件からサービスの内製化を掲げるようになる。私もこれには大いに賛成だ。エンジニアは引く手あまたで優秀な人材を集めるためには多額のコストを払う必要があるだろう。しかし、それを犠牲にしてもなお、得られるものがあると考えている。特に素早い対応が求められるネットサービスの業界で主要サービスを全て外部発注していれば、スピード感は遅くなるし、データ活用も煩雑になる。可能な限り内製すべきだ。
それでも採用コストの心配をしている人に、本書は重要な示唆を与えている。彼女らは自分たちがいつも利用していたサイトの運営者が有能であることに気がつきヘッドハンティングを行う。そのエンジニアが作成したWebサービスのすばらしさに惹かれて数多くの優秀なエンジニアが面接を受けにきたのだ。つまり一人でもいいから抜群の人間をチームに入れることができれば優秀な人間は次第に集まってくるのだ。実際に本書に出てくる方は全て素晴らしい素質を持っていることがテキスト上からでも十分に伝わった。自分も抜群の人間になれるように努力しなければと考えさせられる。
もちろん南場智子自身も素晴らしい方だと思う。個人的には、マッキンゼーで役員にまで上りつめた経験がほとんど役に立っていないと認められる素直さも含めて素晴らしいと考えている。素直で真っ直ぐに進む彼女だからこそ周囲の人間も手助けしようと思えたはずだ。
彼女の仕事に対する考え方で二つほど印象に残ったことがある。一つ目は検討のスタンスに関するものだ。社長になると重要事項のみが伝えられる。そして、会議で検討する必要が出てくる。最高の情報が集まることは滅多にない。だから、意思決定のために最重要だと思われる情報が上がってきた段階で決定してアクションに落とし込む必要がある。継続検討は逃げで、将来の負けでしかないのだと思った。二つ目は、アクションに落とし込む際に関与する。先ほど述べたとおり、経営者は不確かな情報で決定しているため、成否に不安を抱えている。しかし、それを表に出してはいけないのだと思った。アクションになって初めて関与する人に余計な不安を与えるからだ。一方ではリスクを考えながら決断を迫られ、いざ決断すれば何食わぬ顔で社員をリードする。社長とは常に苦しい役割を担っているのだと思った。
それでも楽しそうだと思った。きっと南場智子の会社愛と社員愛が、私たちにそう感じさせているのだ。そんな彼女の想いが表れているこんな文章があった。
会社に迷惑をかけたくないと遠慮する人が多い。でも、ときには会社の仲間や社会に頼るのもよいではないか。得るものと与えるものは、その瞬間でバランスがとれている必要はない。時間をかけてバランスさせようと努めればよい。かけた迷惑の分だけ、感情のヒダも豊かになる。できるときに仕事を頑張ったり、ほかの人を助けたりしていけばよいと思う。
男女にかかわらず、各人の置かれた状況やライフステージに応じて仕事が設計でき、何かが起こってもキャリアを諦める必要なんて全然ないんだよ、という会社にしていきたい。制度はつくっただけではメッセージを発しない。多様な働き方を応援するムードづくりも必要だ。両極端を経験した私だからこそできることは多いのでは、と張り切っている。
南場 智子 日本経済新聞出版社 2013-06-11