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海の見える理髪店(荻原浩)の書評

 本書は直木賞受賞作である。装丁の色合いが好きで気が付けば購入していたのだが、買い時と読み時が全く異なる僕の性格ゆえ、なかなか読むことができていなかった。

 

海の見える理髪店

海の見える理髪店

 

  本書を読む以前は、「海の見える理髪店」に関する短篇集だと勘違いしていた。実際は短篇集というのは当たっていたが、内容は様々であった。海の見える理髪店に関する物語は一篇のみであった。

 

 僕が荻原浩の作品から受けるイメージは誠実さだ。真摯に作品や登場人物と向き合っていることを感じさせられる。それぞれの登場人物の心理や言動を少し冗長的であっても描写している。小説だとそれらは邪魔なものとして捉えられることもあると思うのだが、それが人の営みであるのだから可能な限り描写する荻原浩の文章には好感が持てた。一方でそのような描写が続くと読み手は少し飛ばし気味に文章を読み進めてしまう可能性もあると思う。そのバランス感覚は小説家の永遠の課題なのだろう。

 

 さてそれぞれの短篇について述べる前に……本書の短篇作品はかなり結末が見えているものが多い。「遠くから来た手紙」は霊的ともファンタジーともとれる結末に落ち着いているが、それを除くとキレイな落としどころを見つけているな、という印象を受けた。このように記述すると「予定調和的」でよくない小説という印象を与えてしまいそうだが、それが嫌味っぽくさせないのが荻原浩の魅力なのだろう。小説だから全て特異な物語にする必要はないのだ。よくある描写をその人物や環境で描いたときに人の営みが見えてくるのだから。

 

「海の見える理髪店」は終始地の文で二人のやり取りが進んでいく。あくまでも主人公の男性が有名な理髪店の様子を客観的に捉えているように思えるのだが、最後に二人の関係性が見えてきたときに、地の文で描写していることの意味が見えてきた気がする。何とも言えない二人だけのよそよそしさを文章で表現するために、この手法を取り入れたのではないだろうか。またシリアスな場面での緊張感も伝わりやすかった。個人的には最も面白かった作品だ。

 

「時のない時計屋」は珍しい時計を修理するために訪れた男性と時計屋の主人のやり取りが描かれている作品だ。どちらも自分の弱みを少し話したいような、でも見栄を張って生きていきたいような性格が、僅かなやり取りの中にも明確に描写されている。僕自身も弱みを見せて笑いをとったり人と仲良くなるのが好きなのだが、一方でこの部分は触れられたくない、人に良く見せたいという部分がたくさんある。それは誰を対象にするのかでも変わってくると思うのだけど、そのような人のどうしようもない社会的な弱さに触れる作品だった。最後のやり取りなんて非常に皮肉が効いている。

 

「成人式」はすっと胸に入ってくる作品だった。短篇全体を通しても多種多様な作品群の最後の落とし所としても機能していると思う。素直に泣くことができたし、自分がしたいことを貫き通る勇気をもらえた作品だった。(特に自分がいま今後の進退をかけて苦悩していたので)

 

 全短篇作品に言及すると時間がかかるのでやめた。申し訳ない。

 ただ、上述しているように人の営みを各短篇の中でしっかりと描いていると思う。ぜひご一読いただきたい。

 

海の見える理髪店

海の見える理髪店