「ホテルローヤル」 ラブホテルから描く非日常の世界と心の闇[レビュー]
ホテルローヤル(桜木紫乃)を読了したので、その感想を投稿したいと思います。
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※ネタバレを含む可能性があります
桜木紫乃の作品は初めて読みました。
直木賞を受賞した作品ということ、しかも、ラブホテルが舞台のお話ともなれば、かなりエンターテイメント性の高い作品なんじゃないだろうかと思い購入しました。
しかし、実際に読んでみると、その予想は完全に裏切られました。もちろんいい意味です。内容はエンターテイメントというよりもむしろ暗さを伴っているんですが、その暗さに共感したり、現実にある事実として、一つのルポ作品を読んでいるかのような感覚になったので、その点がすごく印象に残りました。
桜木紫乃は人の心のなかの闇を描くのが上手い。わずかな描写や表現から、その場の雰囲気や人の気持の移ろいが伝わってきて、一種の恐怖すら覚えるほどでした。
本書は短編集となっていて、読み進めていると未来(現在)から過去へ、逆行する形で読み進めていくことになります。
それぞれの話は独立しているようで、僅かに繋がりを見せます。その繋がりで明らかになる真実なんかもあったりするので、その点も楽しんで読めますね。
個人的には「えっち屋」が一番面白かったです。
ラブホテルの大人のおもちゃを営業している宮川とホテルローヤルのオーナーであるマサヨのお話ですね。当たり前なんだろうけども、そのようなおもちゃを販売するための営業という仕事が存在していて、それを描いているのが、そもそも面白いですね。就活で、説明受けといたらよかったなあ(笑)
本書ではラブホテルを「非日常」を演出する舞台として活用していますが、マサヨにとっては、このラブホテルこそが日常。その日常が無くなってしまう、手放す決意をした後に、初めてラブホテルの部屋を使ってみようと決心するんですね。そして、その相手にはえっち屋の宮川が選ばれる。
マサヨは宮川を誘い、ベッドに誘うことで、日常的に在中していたホテルローヤル内で、非日常(普通の女の子)を経験しようとします。すると、普段は何のために存在しているのかもイマイチよく分かっていなかったサービスも、何のために存在しているのかが理解できるようになりました。
その過程でマサヨは、天井に張り付いている蜘蛛の巣に気が付きます。普段ならば、どのようなホコリも見逃さなかったマサヨは、宮川との行為を通して一般的な女の子の目線になることで、初めてその蜘蛛の巣の存在に気がつくのです。
その数分後に宮川との行為はほとんど、何の形も残さないまま不発に終わります。
行為の前にあった宮川との会話や、初めてこの部屋を活用することで気がついた、一般的な女の子の目線や価値観から、自分との差を感じるようになります。
そのまま何事も無く部屋を去っていった宮川に微かな好意を抱くマサヨの胸中には、どれだけ部屋を新しくしてもウワサ話が残ってしまった3号室のように、ホテルを手放しても決して消えないような心の傷が残ってしまいました。
私はこの一連の流れと、ホテルの現状とマサヨの心中を上手く表現している桜木紫乃の上手さに痺れました。もちろん、この解釈が正しいとも限りませんが、少なくとも私には、こう描写されました。
ただ、宮川という名前からは、あの芸人しか連想されないので、そこだけは考慮して欲しかったかも(笑)
どの話も社会的弱者の心理が上手く表現されていると思います。とてもオススメです。