僕は、精神科医の伊良部シリーズやガールのような日常を描いた奥田英朗の短篇が好きだ。今作もそれぞれの家庭が抱えている問題を軽快なタッチで描いてくれている。この「軽快さ」が奥田英朗の真骨頂で、決して描写をサボらずに、だけど読者の負担にならない程度の重たさで、文章を提供してくれている。
以下で、印象的だった短篇を中心に、僕の感想を述べていきたいと思う。
まずは「アンナの十二月」。実の父親が有名な演出家であることを知ったアンナが、自分の中で急速に拡大する漠然とした憧れと現実との摩擦の中で揺れ動く物語。お金や人脈があってダイレクトに自分をもてなしてくれる実の父親と、スーパーでぺこぺこ頭を下げている現在の父親を比べたときの葛藤。留学への想いを実の父親に打ち明けて、うまいことお金を引き出そうとするときのアンナの想い。これらが特に響いた。僕たちは得てして期待してしまう生き物で、その期待と現実が異なると勝手に傷ついてしまう。なぜ、僕たちは期待してしまうのだろう。もちろん期待がない世界なんて真っ暗すぎるとは思う。でも、せめて、僕たちは他人ではなく自分自身に期待すべきではないだろうか。「お金持ちのパパなら留学費用を出してくれる」ではなく、どうやったら自分の力で留学に行けるのかを最初に考えるべきなのだ。そのうえで援助が必要なら、なぜ必要なのか、どれくらい必要なのか、どうやったら援助してもらえるのか、を順に考えられるような人に僕はなりたいなと思ったりもした。
次に「手紙に乗せて」。ここで何度も描かれている「人の死の重みは、人の死を経験した人にしかわからない」というフレーズは、正に僕も実感しているものである。もちろんこれは人の死に限らない。苦しい闘病や精神的な病だってそうだ。人は経験しなければ本質的に理解することなんて、ほとんど不可能な生き物なのだと思う。本書の中でも母親の死を深く受け止める主人公の上司と、仕事とは割り切って考えろという先輩の考えに二分しているように思える。僕はどちらも間違ってはいないと思う。ただ、主人公の意見を無視して勝手に「悲しんでいるに決まっている」とか「悲しんでいても仕事はあるんだから仕事しろ」と意見を押し付けるのは違うかなと思っている。大きな会社ほどそうなってしまう印象があるのだが、まずは人の想いを推し量るべきだと思う。そのうえで彼にとって最適な今の働き方はなにかをチームで考える機会を設けるべきではないだろうか。チームとして結果を求めるのであれば、それを支える人の考え方に共感を求めるべきだと僕は考えている。本書では、結果的にみんなが上手く立ち直っている。そのきっかけに僕は人のつながりの深さを見て、僕もこんな風に人と心の奥底でつながっていたいなと思わせてくれた。
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