伊坂 幸太郎 KADOKAWA 2017-07-28
それでも読み進めていると本書にしかない良さがどんどんと際立っていった。
兜は学生時代から裏家業に手を染めてきた人物。恐妻家だと言う前に家族のために働く姿を示すことすら違和感を覚えるようなことをしているはずだ。そんな過去のせいか、家族のことを考えているときには、心理描写による彼らへの思いやりが感じられるのに、殺し屋と相対するときには、あっけらかんと相手を殺したりする。そして、そんな風に簡単に相手を殺して、その対価のように家族との平穏を享受していることに罪悪感を抱く。
そんな彼に初めて友達らしい友達ができる。松田という名前の男は、同じ恐妻家として偶然出会ったスポーツジムで意気投合する。その後、通り魔に遭遇し、松田がその通り魔を殺してしまうことで二人の関係は収束を迎える。突然訪れる分れと兜が克己に対してぼそっとこぼすように呟いた一言が強烈にわたしの胸に刺さった。そんなことを言ったところで克己と妻には何も伝わらないのである。もしかすると彼に友達ができたことがなかったなんて、二人は知らないのではないだろうか。近くにいるからといって全てを知っているわけではない。そして、怯えながら一緒に暮らしているからといって不幸せというわけでもない。表層的な属性に振り回されずに人を見ることは、本書の大切なテーマのひとつであったのかもしれない。
わたしは最後まで兜が生きているような気がしながら本書を読み終えた。自殺を強要されて飛び降りる場面を間違いなく読んだにも関わらずである。思えば本書を読んでいると無意識的に兜に対して愛着を持ち、彼のことを応援するようになっていた。彼の妻もそのような気持ちで、彼と一緒になることを選んだのではないだろうか? 友達がいなくても彼にはそういうパーソナリティが備わっていたのだと思う。
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