直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した本作は、そのような獲得賞名を羅列せずとも、読めば優れた小説であることは一目瞭然である。ほとんどの人は、本書の主人公である富治が従事する職業「マタギ」を知らないだろう。御多分に漏れず私もそうだった。それでも知識の差が壁にならず読みやすくて面白い小説であったことを私が保証したい。
本書は、狩猟で生きるマタギを題材に使っている小説である。そのため自然の描写がかなり盛り込まれており、読者が鮮明に思い描くことも可能である。しかし、本書の主題は、そこにはない。自然の中で生きるマタギ……つまり圧倒的自然の中の人を描いている。私たちは、本書を通してマタギとして生きた富治の人生をリアルに体験することができる。深い森の中で生きるアオシシや木々のざわめき、吹き荒れる風に凍てつくような吹雪。そして、山の神様。それらは、富治たちマタギの働きを通して、私たちの記憶の中に深く刻まれる。読むまでは全く聞いたこともなかったマタギの姿が、脳裏に焼け付いて離れなくなる。もちろん辛い描写も全て知覚することになる。最後のシーンで富治とクマが演じる死闘は、読むことに痛みすら伴うかもしれない。私は少なくとも歯を強く食いしばり、読み終えたときに痺れを感じた。
本書に出てくる人間は脆い。でも、山に出ると圧倒的な意志を持って強く生きている。息子のために闘うことを決心した文枝も例外ではない。彼女らは、明確に生きることを選んでいる。だからこそ死んでいくものとの別れに涙を誘われる。そして、彼らの行く末をどこかで案じてしまう。富治は現実世界にいない。でもマタギとして生きた人々は間違いなくいるのだ。私は彼らを知らない。でも彼らのように強く生きる方法を知っている。