「僕のこと、まともな人間には見えないだろ?」
冒頭の印象的なワンフレーズが、ずっと頭から離れなかった。私は、ネットニュースでイーロン・マスクの動向を追うのが好きで、現代をぐっと未来に近づける事業をビジネスとして実践しているところに強く惹かれている。だから私は、彼がまともな人間じゃないことは、なんとなく理解しているつもりでいた。火星に住むことを本気で考えていることを表明すれば、アメリカの東西を結ぶ画期的な交通手段を発表したり……。しかし、実際に彼の人生を辿る本書を読んで、私が想像していた彼の生態は、彼の特徴のごく一部でしかないのだと気付かされた。やはり彼は、まともな人間じゃないのだと。
幼少期の彼は、いじめられっ子で、本をとにかく読み漁っていたらしい。それも本屋や図書館の本をほとんど読み終えてしまったというのだから衝撃だ。私も幼い頃から本を読むことが好きだったが、その頃は、いくつも興味の対象があった。だから本を読んでばかりいることなんてできなかったなと思う。それだけいじめがきつくて、一人でいることを選択せざるを得ない状況に、彼はいたのかもしれない。これは、個人的な考えにすぎないし、意見の確たる証拠もないけれど、子どもの頃には一人で何かを考える時間が、とても大切になると思う。もちろん他にも大切なことはたくさんある。その中の一つにこれがあってもいいだろう。幼い頃から考える癖がついていると、勉強の根底にある大事な能力(考える姿勢)が養われると思うからだ。社会人になってから特に思うが、人はこの「考える力」が人生の様々な場面で重要になる。その傾向を幼少期から身につけておくことは、とても大切なことなんじゃないだろうか。
そんな彼は、やはり学生時代から考える力に秀でていたようで、大学で学んでいた知識から、それをビジネスに結びつけることで教授陣から高評価を得ていたようだ。しかもそれが現在のビジネスの原型になっているのだから驚きだ。人によっては「SFの見すぎだよ」と言って一蹴されてしまいそうなアイデアなのに、それが時間を経て彼の下で形になりつつあるのだ。きっと学生時代に本気でそのビジネスについて考え、起業の経験で得た経営の知識や人脈を結びつけることで、実行可能になったのだろう。そしてその間、彼は諦めずに大学時代に考えたビジネスモデルの実現方法を考え続けていたのだろう。グーグルがAIで世界征服をしないか本気で心配しているような男なのだ。それぐらいの可能性はずっと追い続けていたに違いない。
さて、そんなイーロン・マスクは、世間での評価が分かれる。突拍子もない理想論を本気で語っていると考える人とイノベーションを起こせる稀有な人間であるという二つの意見に分かれるのだ。私は、後者の意見を持っている。そこに特別な理由なんてないのだけれど、人類の進化のために、本気でイノベーションを起こそうと努力している人間を否定する必要なんてないように思えるからだ。
この意見が二つに分かれる様子は、彼が経営する会社の中でも見受けられるそうだ。そもそもここ数年のビジネスは、様々な製品のコモディティ化で高付加価値よりも低価格が求められる傾向があった。特にメーカーは、その傾向に苦しめられていて、結果はニュースに流れている通りだ。私は、その時期に就職活動をしていて、そんなリアルな現場の声を様々な企業で耳にすることができた。その頃は、私もその意見に納得していたのだが、イーロン・マスクは、可能な限り製品を内製化することにこだわっている。あえて内製化することで、製品作成の手順などに改善の余地がないかを考えたり、他業界から類似の製品を納入することで、今までにない発送でロケットを作ってきた。しかし、それを体現するのは、もちろん現場のエンジニアで、彼らはイーロン・マスクの時として、彼の横暴な姿勢に辟易とさせられていた。それでもイーロン・マスクと共に、偉大なイノベーションを起こすことを夢見る者がいれば、彼のあまりにも細かすぎる要求や追求に耐えかねて罵詈雑言を残して会社を去る者もいる。この辺りはスティーブ・ジョブズの働き方と似ている。彼らは、きっと理想の何かを知っているもの(もしくはそう思い込んでいる者)で、それを一刻も早く世の中に形として表現したいのだろう。そして、それに対して合理的に動けない人間は、使えないやつと判断されてしまうかもしれない。
私にもその理想が見えたらいいなと思う。そして、細部に強くこだわりを持つことができるような人間になれたらいいなと思う。執念と思考の体力をつけて、少しでもその領域に近づくことができれば、と思う。
○読後のおすすめ
ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
posted with ヨメレバ
ピーター・ティール,ブレイク・マスターズ NHK出版 2014-09-25
イーロン・マスクの伝記にも度々登場するピーター・ティール。ペイパルマフィアと呼ばれる彼らが、どれだけ本気で世界を変えようと考えているのか。そして、どれだけ頭が切れるのかを感じることができる一冊。もちろん他にも伝えたい要素はあるが、とにかくカッコイイ彼らの空気感をまず味わって欲しい。