一週間ほど前、ふと僕は風景描写が上手い小説家の本を読みたいと思った。一年ぐらい前の僕は、心理描写に特徴のある文章が好きで、そのような特徴を備えている小説や作家を探していた。しかし、心理描写以上に風景描写や人物描写が優れた作品のほうが、その文章を想像する余地があることに気がついた。つまりそれは、読み手の中で一つの文章が無数の形になり得る可能性を示唆していた。僕はこの可能性についてもっと考えてみたいと思ったのだ。
そんな僕が三島由紀夫に至るまでの道程はとても簡単に説明することができる。グーグルで風景描写が上手い小説家について検索し、色んな年齢層の読書家が三島由紀夫を推しているのを知ったのだ。なぜか偉大な作家が書いた純文学作品には抵抗が生まれやすい僕だったが、目的にも沿っているし一度読んでみようかと決意した。それからAmazonで注文し、その日の晩には手元に本書があるのだから、昨今のテクノロジーの進化はすごい。
実際に読み出すと僕のページを捲る手は止まることをしらなかった。まるで今そこに存在しているかのようにリアルな島の姿と島民の生活、音、匂い。そして、そこで生まれる恋のカタチ。ここで描かれているのは普通の恋愛物語だ。予想を裏切るような要素はないので、結末はなんとなく先読みすることができる。しかし、それでも尚、最高の読書体験がそこにはあった。もちろん僕が求めていた風景描写の良さもあった。そうでなければ、島民の生活について感じることなんてできやしない。そして、三島由紀夫がとても構成にこだわる作家であろうことが推察できた。すべての文章が一つの物語のために構成されていることは明確であったからだ。僕は描写だけではなく、その点においても三島由紀夫の優れた能力を垣間見ることができた。いずれ代表作の金閣寺も読んでみようと思う。
○読後のおすすめ
描写力に定評がある現役の小説家と聞いて私の脳裏を過るのが桜木紫乃だ。直木賞も受賞した本作は、とあるラブ・ホテルが物語の舞台となっている短篇集となっている。人の心理描写を行動だけではなく、風景やその人物が見る景色から描いている。
村上春樹も下を巻く文章力に定評のある小説家と言えば藤沢周平だ。本作「たそがれ清兵衛」もそんな描写力が光っている。当時の街の状況やその中で生きる人物たちの世界がすっと頭に入ってくる。