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魔王(伊坂幸太郎)を読んだ感想・書評

 本書に関する書評依頼を読者の方より受けたので、本記事を執筆する。様々な 本に関する知見を深めたいと考えているので、ぜひコメントいただきたい。

 実は、僕は「魔王」の姉妹作(というよりも、ほぼほぼ続編)の「モダンタイムス」という作品を読んだことがある。作品自体は伊坂幸太郎が抱える社会にある見えないシステムに対する不安や、その中でどう行動するのか(システムへの対峙や逃避)が物語の中に盛り込んであって、「あなたはどう生きていくのか」という示唆を受けたような気がした。その中でときおり不明な固有名詞があったりなんかして、「これは何だろう?」と気にかけていたのだが、それは本書ですでに取り上げられているものであったのだ。読む順番が僕のように、本来とは逆になったとしても十分楽しむことはできるのだが、可能であれば魔王を先に読むべきだ。その方が物語のつながりが見えやすいので楽しめるだろう。

 読む順番が影響を与えるのは、読みやすさだけではない。作者の伊坂幸太郎がどのような思いでこれらの小説を書き上げたのかを推測できる、と僕は考えている。「魔王」では表面的に見れば、何かが起こったような気配は全くない。悩みやすい男とその弟が物語の中心にいて、彼らやそこに近しい人目線で見れば、実に様々な出来事が起こっている。が、社会全体で見れば大きな流れのようなものがあって、誰もがそちらへの注目にとらわれていて、そこに懐疑的な見方をしている人間を訝しみ、ときには排除するような行動を見せる。かつての小説家はここでいうところの「排除される人」だったと思うのだ。一つの出来事が社会や人に与える影響を考え、小説として世に出す。伊坂幸太郎はこのような役割の一端を担っていることを自覚し、漠然とした社会に対する不安をここに小説として記していると思うのだ。

 一方で、モダンタイムスでは魔王に比べると具体的な行動が描かれている。魔王の要所要所で兄が発言していた「小さな対峙や行動が、いずれ世界を変える」可能性を小説として、形にしていると思うのだ。伊坂幸太郎は魔王を刊行した際に様々な批判を浴びたという。そこで自分は結局何を書きたいのかを自問自答したのではないか、と僕は思っている。僕の考える小説家の伊坂幸太郎像は、とても小心者だ。自分が書いた政治的な小説で世界を本当に変えることなんて全く狙っていないだろう。それよりも自分や弱者が「こんなことがあればどうするんだろう」「こんなことがあれば怖いよな」「こういうときどうできるんだろう」と想像を巡らしている小説家だと思うのだ。そういう不安が「魔王」という形を成したし、その後にもっと小さな単位での行動案に落とし込んだものが「モダンタイムス」になったのではないかな、と思った。

 

〇読後のおすすめ

 

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 

  魔王の続編のような作品だ。魔王の文庫本あとがきにも記されているが、「呼吸」の続きが気になるのならば必ず読むべき。また、魔王だけを読んでモヤモヤした心持を抱いた人はぜひ読んでいただきたい。

 

bookyomukoto.hatenablog.com

  すでにモダンタイムスを読了している方に向けて書いた記事である。

 

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

 

  モダンタイムスとほぼ同時期に執筆された作品だ。大きな流れがもしも個人を攻撃したら……そんな不安から生まれた作品ではないかと思っている。個人的には伊坂作品でも最もおすすめしたい小説だ。

 

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)