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書きあぐねている人のための小説入門(保坂和志)を読んだ感想・書評

 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

 

 

 本書を読めば、千人に二、三人は小説家としてデビューすることが可能だ、と著者の保坂和志は文中で宣言している。「なんだそれぐらいなのか」と思う人もいれば、「それはいささか誇張しすぎではないか」と疑念を抱く人もいるのだろう。僕個人としてはなんだかぼんやりとした数字で、具体的にどうこう思うこともできなかったのだが、本書を読み進めるうちに「なぜ小説家としてデビューできない人がいるのか」そして「小説を書くスタンスについて誤っている人があまりにも多いのではないか(プロの小説家にだってそんな人がいることを僕は本書を通じて確信した)」という考えが生まれた。なるほど世の中にある小説で、例えそれが世に通じるヒット作だとしても「これは面白くない……」と僕が思ったものは保坂和志の言うところの「小説とは」が反映されていないものだった。そう考えると本書は『小説を読む人』に向けても書かれている素晴らしい本だと思う。

 保坂和志曰く、小説とは「何を書くのか」「このやり方で何が書けるのか」を追求するものである。そういうとテーマ性のある小説を書きなさい、と主張しているようであるが、そういうわけではないようだ。むしろ一般的に考えられている小説的なテーマを保坂和志は嫌っているのだろう。ある一つのテーマを決めるのは構わないがそれが悪い影響を与えてしまう可能性もあるからだ。例えば、ある社会的な弱者を描く小説を書いたとして、「この人はここでこうする……。この場面ではこうさせよう……」と決め打ちで小説を書くとする。このような場合、あらかじめ決められたストーリーの枠から登場人物の行動が抜け出せないので、ありふれた小説になってしまうし、予定調和的な行動に終始したどこにでもある物語で終わってしまう。それに社会的弱者は小説内では居場所がしっかりと確保されている存在である。それを面白くさせるには作者の枠を超えた動きが、小説の中で生まれることを期待して、とにかく結末を考えずに書くことを保坂和志は提唱している。保坂和志はこれを運動性と呼び、今までの小説のほとんどにおいて、この主義を曲げたことはないそうだ。確かに僕がつまらないと思った小説の多くは、予定調和的でなんの驚きもなかったうえにキャラクターに面白みがなかった。それはあまりにもプロットやストーリーへの期待が強すぎて、作者がその枠の中でしか思考を練ることができなかったことが、文中に表れていたからなのだと解釈した。

 上述した運動性に期待をかけた書き方は他にも小説として大事なことを作品にもたらすという。それは「細部の表現」だ。人物の言動や風景描写、そしてそれらの連動性によって面白みが表現されるようになる。そもそも小説は文字で細やかに、このような表現をしているから面白いのであって、ただストーリーを追いたいのなら、もっと適切な媒体は他にも存在しているのだと僕は思う。それに未来が決まっているストーリー上での人物の動きは、上述しているように予定調和的に陥りがちで、普通は未来なんて分らないまま過ごしているはずの人間の営みからズレてしまうのだから、面白くなくなるかもしれない(もちろんそこに何らかの仕掛けや、作者が思いつかなかった展開が生まれる可能性はあるし、それを全て否定するわけではない)。やはり細部にこだわって書くために、細かな描写の設定まで執筆時のテーマとして思い描くのはやめた方がいいのだろう。

 このようにしてできあがった小説の読み手が「あのシーンの……」と取り上げることが多々ある。これに対する批判も保坂和志は言及している。小説や哲学書(その他ビジネス書とかも)は一部分だけを抽出して楽しむものではないということだ。登場人物が最後に捻り出した答えは、そこに至る道のりがあったからこそ生まれたものなのだ。もちろんそれを理解して解釈していればいいのだが、それを理解していない人があまりにも多い。ブログの炎上だって似たような現象から生まれていることが多々ある。しっかりと全体を把握する必要があるし、ブログなら単純にソースの確認ぐらいはすべきだと僕も思う。

 これまでに全体と細部の話を盛り込んできて、「結局どっちなの」と呆れかえっている人もいるかもしれないが、これについても保坂和志は直接ではないが言及している。それは「二つの命題からなる重文は両方いっしょに覚えていなければ意味がない」ということだ。『全体を読むことは大事だが、細部をおざなりにしていいわけではない』のだ。一つひとつ事象を細かく分けて問題を考える姿勢は大事だが、屁理屈のようになっている人がいる。様々な環境が連動し合っている世の中で、一つの事象ですべてを語ろうとするのには無理があるのだろう。

 

〇読後のおすすめ本

 

ふくわらい (朝日文庫)

ふくわらい (朝日文庫)

 

  細部の運動性や全体としての主張の強さをしっかりと兼ね備えた一作だと思う。西加奈子は冒頭の一言を考えたらその先が見えていなくても続きを書くらしい。まさに保坂和志の提唱する書き方を体現している小説家だと思う。

 

【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)

【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)

 

  小説の書き方や文章の書き方に興味がある人なら一度は目を通しておくべき本ではないだろうか。何気なく実践していた文章の書き方や知らなかった文章術に出会うことができるかもしれない。

 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)