史上最強の哲学入門(飲茶)を読んだ感想・書評
ピーターティールという男性がいる。彼は、ペイパルの創業者で、現在はトランプの政権チームにも名を連ねている切れ者だ。そんな彼に対して、強い憧れを私は抱いている。起業家として成功し、世の中の仕組みを大きく変える事業に貢献していることもそうだが、それ以上に彼の頭の良さに惹かれている。それは、彼が成功に導いたビジネスや彼の文章に表れている。そして、彼について知る中で、彼がビジネスに哲学の考えを取り入れていることを知った。彼はスタンフォード大学で哲学を専攻していたのだ。そこで、私も哲学について独学で勉強することにしたのだ。
哲学という言葉には、非常に重たい雰囲気がある。倫理という言葉と同様で、何か人の根底的な価値に触れる気配がすると同時に、知ることで何かを得ることができたり、逆に何かを捨てざるをえなかったり、そんな不確かなイメージがある。人という存在を俯瞰的に見たときに得られることは、ポジティブなものに限らないと判断していたわけだ。だから今回の勉強の導入にあまり堅苦しい本を選びたくなかった。一方で、導入の役目をしっかりと果たしてくれる書籍を買いたいと思った。そして、本書を購入した。
この本は、いくつかの「真理」をベースに時系列で各哲学者が主張したことを簡単にまとめてくれている。驚くべきは、その簡単な記述で各哲学者の主張がしっかりと理解できることだ。学生時代に哲学者の言葉を学ぶ時間が僅かながらあった。そのときにこの本の説明を用いていれば、もっと哲学に興味を持ち、そして理解する生徒はできるんじゃないだろうか。そう思えるぐらい理解しやすい内容だった。そして、哲学が歴史の成り立ちと深い関係にあることがわかった。彼らも闇雲に真理を追求しようとしているわけではない。その時々の歴史的背景や過去のできごとを省みながら、真理を追い求めていたのだ。そして、現在にも伝わる文章や言葉が生まれていく。ニーチェの言葉は現代の日本人に非常に受けているが、それもニーチェが考え抜いたものと現代の日本の状況が被っているように思えるからだろう。しかし、ほとんどの日本人はそんなことを知らない。もちろん無理に知れとは思わないが、それを知るだけでニーチェの言葉の重みはぐっと増すだろう。そんな各哲学者の思考を知るために、本書の内容に沿って書籍を購入して、勉強を継続したいと思う。
○読後のおすすめ
哲学について学ぶという目的を除いてたとしても、読み物として優れている一冊だ。
グレート・ギャツビー(スコット・フィッツジェラルド)を読んだ感想・書評
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
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スコット フィッツジェラルド 中央公論新社 2006-11-01
村上春樹の小説やエッセイを読んでいると、否が応でも記憶の片隅に、この小説のタイトルを刻むことになるのではないだろうか。村上春樹が本書をべた褒めするので、「じゃあ、そんなに言うなら」という気持ちで本書をほしいものリストに加え、気がつけば買いたいという衝動に繋がり購入に至った。
さて、実際に本書を読み始めて私が思ったことは、「とても読みにくい小説だ」ということである。日本人の会話のテンポ感と全くズレていることが大きな原因であると思う。日本人のように丁寧な流れで会話が進んでいない。アメリカのドラマで見るような特有の言葉づかいもあって、彼らが意図したことが上手く汲み取れないことが頻繁にあった。読み進めていくうちに背景が読み取れるようになって、なんとなく行間に含まれている意味合いがわかってくるとスラスラと読み進めることができた。
このようにして理解したことの一つに彼らの楽観主義的な生活態度がある。私は、そこまで歴史に詳しくないし、ましてやアメリカの東部と西部の違いについても何となくの知識でしかしらない。そんなことを知らなくても読み進める問題にはならない。それだけ本書の文章が優れているのだと思う。登場人物の背景をさりげない会話や人の動きで説明している。それぞれにくっきりとしたキャラクターの輪郭が備わっているのだ。そこに村上春樹は惹かれたのだろうか、と思った。なにせ村上春樹は、最新作で明らかにグレート・ギャツビーを物語のモチーフに使っている。あれだけ絶賛する小説を自分の小説のモチーフに使うのには、どれだけの勇気が必要だったのだろうか。それとも村上春樹らしく、あくまでも自然にネタが脳裏をかすめただけであって、意図的にグレート・ギャツビーを模倣したわけではないと言うのだろうか。もしも、彼と話すことがあるのであれば、その時の思いを聞いてみたいと思った。
さて、私が本書を読んでいて唯一腑に落ちない、というか、疑問に思った箇所がある。それは、主人公とギャツビーの距離感だ。最終的に彼の死を深く悼む主人公だが、最初から彼と親しい関係であったわけではない。あくまでもリッチな隣人でしかなく、むしろ迷惑なお願いを持ちかけてくることもあった彼は、距離をとりたい人間になる可能性だって十分にあったはずだ。それでも彼らの距離が異様に近づいたのは、なぜなのか。ギャツビーが秘密を共有したから? 主人公の近くにいる人間に対する失望が募った結果? どちらにもとれるし、どちらでもないような気もする。ちょっとした気持ちの機微が積み重なって生じた事件が、主人公の人を見る目を大きく変えてしまったことは確かだろう。
○読後のおすすめ
グレート・ギャツビーの設定がモチーフにされているであろう村上春樹の最新作。ラノベのようなタイトルとは裏腹に人の深層心理の奥深くを覗き込むような物語が用意されていて、意表をつかれたような感覚に陥った。そして、なによりも面白い。
世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか グーグルの個人・チームで成果を上げる方法を読んだ感想・書評
世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか グーグルの個人・チームで成果を上げる方法
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ピョートル・フェリークス・グジバチ SBクリエイティブ 2017-01-28
本屋で平積みされていたり、Amazonで高評価されていたことをキッカケに本書に興味を抱いた。それから何度か買おうと思ったことはあったのだが、他に溜め込んでいた本がいくつもあって、中々購入まで至らなかった。しかし先日、仕事中にある疑問を抱くことになった。それは、解決できる仕事を後回しにしようという先輩の意見を聞いたことだ。もちろん私だってバカではない。他に優先することがあるのであれば、それに準じて仕事を進めるべきだし、その結果、今回後回しにされた仕事が優先度を低く見られても仕方ないとは思う。だが、それは人手や時間が限られているときの話だと思う。今回に限って言えば、その問題は過去に類似の解決事例があったし、それに対処できる人間もいた。その問題が発覚した時点で解決の道筋が見えていたのだ。それにも関わらず先輩は、その問題を後回しにしたことに疑問が潰えなかった。私は、そんなときに本書を手に取り、購入した。まさにこれに関する問題提起がなされているように思えたからだ。
さて、その問題提起とは何か。それは問題をその場で解決しようとする思考を持つべきというものだ。著者が以前に努めていたグーグルには、共有ツールがたくさんあり、それを使って共同作業の充実が図られている。それは一般開放されているアプリなどでも実感することは十分に可能だろう。それらを使って、その場で問題解決することを著者は提案している。それがタイトルにも表れている。メールよりもスピード感のある電話やチャットを使うべきだというのだ。
私には、この言葉がとても深く刺さった。というのも、お客様との打ち合わせで何度も課題を持ち帰る自チームを目にしてきたからだ。私は、これがとても嫌で仕方ない。その場で可能な限り不明点を突き詰めていかないと、次の打ち合わせでも同じような課題に直面したり、最悪だと意識の共有が甘くて同じところでずっと躓いたりする。こんなことをしなくても済むように、その場で可能な限り問題を解決できるようにしたいと思っていた。しかし、下っ端の私の意見だけではいきなり全ての流れを変えることはできない。だから少しずつ、私が担う部分だけでもいいから、そのような考え方を改めて、その場で解決できるように仕事を進めたいと思った。
さて、問題を少しでもその場で解決するために著者は三つのことを提唱しているので、それを記したい。
①わかっていることとわかっていないことを切り分ける。②質問する。整理する。③時間をとる。以上の三点だ。特に①は大事な要素だろう。そこが上手くできないのであれば、次にとる行動が正しいのかどうかも判定することができなくなる。だから問題の切り分けを可能な限り意識するようにしようと思う。
最後に著者が何度も提唱している考えを記述して終えたいと思う。著者は、「自分の仕事をなくすことを考えろ」と言う。AIによる環境の変化が叫ばれるこの時代。自分たちがどのように仕事を創っていくかが問われているように思える。その中で著者の言葉は浮いているように思える。しかし、著者は、自分が関わっている仕事をなくすようなアイデアを考えることで、今の成果を超える成果を生み出そうと提案しているのだ。今の10倍の成果を考えさせられるグーグルで培われた考えなのだろう。効率的に業務をこなすだけでは、決してたどり着くことができない領域がそこにあるのだと思った。私もそんな大きな視野を持って業務に励みたいと思う。
○読後のおすすめ
How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス) ―私たちの働き方とマネジメント
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エリック・シュミット,ジョナサン・ローゼンバーグ,アラン・イーグル 日本経済新聞出版社 2014-10-09
世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか グーグルの個人・チームで成果を上げる方法
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ピョートル・フェリークス・グジバチ SBクリエイティブ 2017-01-28
イーロン・マスク 未来を創る男(アシュリー・バンス)を読んだ感想・書評
「僕のこと、まともな人間には見えないだろ?」
冒頭の印象的なワンフレーズが、ずっと頭から離れなかった。私は、ネットニュースでイーロン・マスクの動向を追うのが好きで、現代をぐっと未来に近づける事業をビジネスとして実践しているところに強く惹かれている。だから私は、彼がまともな人間じゃないことは、なんとなく理解しているつもりでいた。火星に住むことを本気で考えていることを表明すれば、アメリカの東西を結ぶ画期的な交通手段を発表したり……。しかし、実際に彼の人生を辿る本書を読んで、私が想像していた彼の生態は、彼の特徴のごく一部でしかないのだと気付かされた。やはり彼は、まともな人間じゃないのだと。
幼少期の彼は、いじめられっ子で、本をとにかく読み漁っていたらしい。それも本屋や図書館の本をほとんど読み終えてしまったというのだから衝撃だ。私も幼い頃から本を読むことが好きだったが、その頃は、いくつも興味の対象があった。だから本を読んでばかりいることなんてできなかったなと思う。それだけいじめがきつくて、一人でいることを選択せざるを得ない状況に、彼はいたのかもしれない。これは、個人的な考えにすぎないし、意見の確たる証拠もないけれど、子どもの頃には一人で何かを考える時間が、とても大切になると思う。もちろん他にも大切なことはたくさんある。その中の一つにこれがあってもいいだろう。幼い頃から考える癖がついていると、勉強の根底にある大事な能力(考える姿勢)が養われると思うからだ。社会人になってから特に思うが、人はこの「考える力」が人生の様々な場面で重要になる。その傾向を幼少期から身につけておくことは、とても大切なことなんじゃないだろうか。
そんな彼は、やはり学生時代から考える力に秀でていたようで、大学で学んでいた知識から、それをビジネスに結びつけることで教授陣から高評価を得ていたようだ。しかもそれが現在のビジネスの原型になっているのだから驚きだ。人によっては「SFの見すぎだよ」と言って一蹴されてしまいそうなアイデアなのに、それが時間を経て彼の下で形になりつつあるのだ。きっと学生時代に本気でそのビジネスについて考え、起業の経験で得た経営の知識や人脈を結びつけることで、実行可能になったのだろう。そしてその間、彼は諦めずに大学時代に考えたビジネスモデルの実現方法を考え続けていたのだろう。グーグルがAIで世界征服をしないか本気で心配しているような男なのだ。それぐらいの可能性はずっと追い続けていたに違いない。
さて、そんなイーロン・マスクは、世間での評価が分かれる。突拍子もない理想論を本気で語っていると考える人とイノベーションを起こせる稀有な人間であるという二つの意見に分かれるのだ。私は、後者の意見を持っている。そこに特別な理由なんてないのだけれど、人類の進化のために、本気でイノベーションを起こそうと努力している人間を否定する必要なんてないように思えるからだ。
この意見が二つに分かれる様子は、彼が経営する会社の中でも見受けられるそうだ。そもそもここ数年のビジネスは、様々な製品のコモディティ化で高付加価値よりも低価格が求められる傾向があった。特にメーカーは、その傾向に苦しめられていて、結果はニュースに流れている通りだ。私は、その時期に就職活動をしていて、そんなリアルな現場の声を様々な企業で耳にすることができた。その頃は、私もその意見に納得していたのだが、イーロン・マスクは、可能な限り製品を内製化することにこだわっている。あえて内製化することで、製品作成の手順などに改善の余地がないかを考えたり、他業界から類似の製品を納入することで、今までにない発送でロケットを作ってきた。しかし、それを体現するのは、もちろん現場のエンジニアで、彼らはイーロン・マスクの時として、彼の横暴な姿勢に辟易とさせられていた。それでもイーロン・マスクと共に、偉大なイノベーションを起こすことを夢見る者がいれば、彼のあまりにも細かすぎる要求や追求に耐えかねて罵詈雑言を残して会社を去る者もいる。この辺りはスティーブ・ジョブズの働き方と似ている。彼らは、きっと理想の何かを知っているもの(もしくはそう思い込んでいる者)で、それを一刻も早く世の中に形として表現したいのだろう。そして、それに対して合理的に動けない人間は、使えないやつと判断されてしまうかもしれない。
私にもその理想が見えたらいいなと思う。そして、細部に強くこだわりを持つことができるような人間になれたらいいなと思う。執念と思考の体力をつけて、少しでもその領域に近づくことができれば、と思う。
○読後のおすすめ
ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか
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ピーター・ティール,ブレイク・マスターズ NHK出版 2014-09-25
イーロン・マスクの伝記にも度々登場するピーター・ティール。ペイパルマフィアと呼ばれる彼らが、どれだけ本気で世界を変えようと考えているのか。そして、どれだけ頭が切れるのかを感じることができる一冊。もちろん他にも伝えたい要素はあるが、とにかくカッコイイ彼らの空気感をまず味わって欲しい。
コインロッカー・ベイビーズ(村上龍)を読んだ感想・書評
とても重たい小説で読み切るのにとても時間がかかってしまった。非常に文量のある小説であることは、本を手に取った瞬間に分かっていたし、村上龍の文体がこうであることも理解していたのに、なぜか惹きつけられて購入していた。きっと、以前に読んだ「限りなく透明に近いブルー」が原因だ。あの本を読んでいた頃の全く知らないものに出会った感覚をどうしても忘れられなかったのだ。
私は、読むのに時間がかかってしまう本は苦手だ。飽き性で次々と新しいことに興味が出てくるからだと自己分析している。そんな私にとって、この文体と文量は大敵で、何も予定がない休日かつ気が向いた時にしかこの本を読まないと決めていたぐらいだ。僅かな救いは、アネモネ主観の箇所はテンポ感が良くなるところだろう。それがなければ読み切ることはできなかったかもしれない。
このような私の大敵を生みだした要因の一つが、日常的な描写の鮮明さと濃蜜さだろう。普通の小説であれば読み手の休憩時間のように割かれそうな場面であっても驚くような出来事が起こったり人物が登場したりする。例えば、私に読み進める原動力を与えてくれたアネモネの物語をとっても、最初のタクシードライバーとのやり取りやバスの停留所での乗客たちとの会話のように、何も起こらなさそうな場面で、誰かが傷つく出来事が簡単に起こってしまう。誰もが苦しみをカタチにしているようで、小説もそれを受け入れている。それが、どうしようもない倦怠感を生みだしていて、小説内の文字が異様に黒く見えた。
一方で強烈なエネルギーがこの物語には溢れている。二人の主人公は、常に何かの衝動によって生きる力を得ているように思えた。そのエネルギーは常に何かを越えようとするために使われている。彼らは常に自分で自分を追い込み、不明瞭な一線を常に自分の前に設ける。ハシは、その一線を簡単に乗り越えてしまうキクに嫉妬していたのかもしれない。どちらかというと私は、ハシの意見に共感することが多かったかもしれない。客観的に自分の属するコミュニティーや近しい友人を見て、嫉妬し、何かを手に入れようとする衝動が私にも多々あったからだ。そんな彼が音楽の力で聴き手を強く揺さぶっていたのは面白かった。音の受け取り方は、聴き手次第で、全ての人間に同じように聴こえる音楽なんて存在しない。ハシの音楽もしかりで、彼は、彼の音を通して聞き手の経験を呼び起こすのだ。物事の知覚には、その人の経験が大きく関与するのだから、これは当然なのだろうけど、その描写の濃厚さが当たり前のことを新しい形で強く私に訴えかけてきた。
本書の感想を書くのは、全くうまくいかない。考えが渋滞を起こしているのだろうと思う。きっとそれだけたくさんのことをインプットさせることができる小説なのだ。次に読めば全く違う考え方で読むことができるかもしれない。私は、それを楽しみにしようと思う。
○読後のおすすめ
村上龍の代表作。私が読んだ初めての村上龍の小説もこちらになる。最初は、何が起こっているのかも分からなくて、何を原動力にしてこの小説と向き合えばいいのか、皆目検討がつかなかった。しかし、気がついていたら夢中で読み進めていて、最後に身体がすっと軽くなうような不思議な読了感を得た。
スペードの3(朝井リョウ)を読んだ感想・書評
朝井リョウの小説には、人の気持が動く瞬間が鮮明に表現されているような気がする。誰もが抱えている社会で生きていくためのよすがや、対面的な葛藤が生み出す瞬間に朝井リョウの息吹がかかっている。恐らく彼の小説観は、各物語の中に凝縮されている。きっと伝えたい事が物語を動かすタイプの作家なのだと思う。だからだろうか時おり、小説の中にご都合主義的な場面が訪れることがある。しかし、それを抜きにしても登場人物の心が動く瞬間を見ると、読み手の私たちの心もかっと熱くさせられる。
本書は、中篇の小説が三篇収められている。それぞれに繋がりがあって、ちょっとした仕掛けも用意されている。それが明らかになるまでは、読み進める上での活力があまり見つからなかったかもしれない。でも、それが明らかになり、冒頭で述べた瞬間を目撃してからは、一気に本書を読み進めてしまった。
いくつかネタバレに関わりかねないことも述べるがご容赦いただきたい。
「第1章 スペードの3」について。主人公の女性は、ファミリアというファンクラブを束ねる役割を備えた女性で、小学校の頃のエピソードを重ねながら話が展開されている。彼女の人物像は、とても現代的で、大手化粧品会社の子会社で働いていることを誤魔化して本社で働いていると周囲に嘘を言いふらしたり、自分を誇示するように周囲を統率することに喜びを感じたりする。自分の身近にいたよなと共感させられる瞬間もあれば、自分もこのようなことをしてしまっているのではないか、という気持ちに襲われそうになる瞬間もあった。最後に彼女がとった行動は、そこまで大きな一歩とは言えないかもしれない。だが、それがどのような一歩になるのかは、彼女のこれからの行動次第なのだという強い希望に満ちたお話だった。
「ダイヤのエース」では、特別な経験を持たないまま特別な舞台に出てしまっているということに悩まされる女性の話が描かれている。物語中には、彼女と対極的な女性が描かれていて、それがまた葛藤の行方を難しくさせる。しかし、私が思うにそのような人物がそのような葛藤を抱えながら芸能界を生きていくことも一つの葛藤として聴衆には受けるのではないだろうか。しかし、それは彼女の中で許されたものではなかったのかもしれない。だからこそ彼女の脳裏には、そのような思考が生まれなかったのだろう。私の周りを見渡すとお仕事ナルシストがたくさん存在する。それは、自分をよく見せるために仕事の内容を劇的に語ったり、同僚に力添えいただきたいがために自分の仕事の過酷さを劇的に語ったりするものだ。私はこれが嫌いだ。こんな風にプラスαを加えなくても、仕事の内容や結果によって、その人たちやその仕事は評価されると思うからだ。しかし、これを私もやってしまいそうになることがある。というか、これは単に仕事の内容を語っているだけでも、こうなってしまうことがある紙一重のものなのだろう。しかし、それでも私はこれが嫌いだ。自分がこうしたいと思う目的に沿った行動がしたいと思う。その点で、本書の主人公たちは、自分がどうしたいのかという想いを見つけることができている。それが私には羨ましく思うのだ。
○読後のおすすめ
言わずもがな朝井リョウの代表作である。この「何者」というキーワードは、朝井リョウの全作品に共通するようで、若者がどのように自分や周囲の人間と向き合うのかを考えさせる一つのポイントになっている。
個人的に最も面白いと感じた朝井リョウの作品の感想である。
新時代ミュージックビジネス最終広義 新しい地図を手に、音楽とテクノロジーの蜜月の時代を生きる(山口哲一)を読んだ感想・書評
新時代ミュージックビジネス最終講義 新しい地図を手に、音楽とテクノロジーの蜜月時代を生きる!
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山口 哲一 リットーミュージック 2015-09-24
私は、全く音楽業界と関わりがないというわけではない。通勤時間にはウォークマンで音楽を聴いているし、楽器を演奏する趣味もある。もちろん普段訪れるお店に流れている店内BGMやテレビで流れる音楽との接触もある。音楽を意識的に楽しむこともできれば、無意識的に関わることもあるので、私たちの生活から「音」がなくなることを想像できないように「音楽」がない世界も想像できない。
そんな音楽の世界には、今大きな変化が起きている。それは、テクノロジーの進歩による音楽の楽しみ方の変化だ。私は、音楽ビジネスが変化したとは思っていない。あくまでも音楽の楽しみ方がテクノロジーの進歩によって変化し、ビジネスがそれを利用しているのだと考えている。しかし、この変化に適応しきれていない企業が数多く存在している。そう、日本の音楽ビジネスは、大きな戸惑いを見せている。
最近になってやっと各大手レコード会社が、大手IT企業とストリーミングサービス等での連携を見せ始めたが、数年前まではユーチューブ一つをとっても売り上げを低下させる悪しきものとして捉えていたような風潮があったように思う。今でこそユーチューブをマーケティングに活用する企業が増えているが、皆が向かう場所に乗っかっているだけ感は否めない。本書の著者は、このような惨状を「思考停止」と表現した。保守的な人物が固まっているのが音楽業界なんだと認識していた私は、著者の言葉に妙に納得感を覚えた。ただ、守ろうとしているだけではなかったのだな、と。
この保守層の代表格として取り上げられているのがJASRACだろう。私は、勘違いをしていたのだが、音楽の著作権管理をしているのは、JASRACだけではないらしい。また、音楽業界は業界内ルールが強く、契約形態にも風習のような項目が存在しているらしい。著作権管理をJASRAC以外にも求めたのは、少しでも風通しを良くするためのアイデアだったのかもしれない。
私は、このJASRACのような著作権管理団体を良く思っていなかった。権利を片手にお金を搾り取ろうとする集団のように映っていたからだ。しかし、ビジネスという視点で考えるとこのような組織が一つあるのとないのとではお金の流れがあまりにも悪くなることに気づく。一手に管理を担う存在は、ビジネス起案者からすると、そこに話をもちかければ良いので非常に話が早い。一方で、著作権や著作人格権のような法律によって、それだけでは話が進まない部分もある。そこらへんの不明瞭さがなくなれば、もっと音楽ビジネスは増えると思う。音楽はなくてはならないもので、誰もが興味を持つ領域なのだから。