本を読むこと-読書から何かを学ぶためのブログ-

読書のプロフェッショナル目指して邁進中。小説からビジネス書まで取り扱うネタバレありの読書ブログです。読書によって人生を救われたので、僕も色んな人を支えたいと思っています。noteでも記事を投稿しています。https://note.mu/tainaka3101/n/naea90cd07340

蜜蜂と遠雷(恩田陸)を読んだ感想・書評

ワン・シング~一点集中がもたらす驚きの効果~を読んだ感想・書評

 以前にエッセンシャル思考という本を読んだ。そのときの僕は、色んなどうでもいいようなことに対して我慢をして頷いているような人間で、いつの間にか心がとても疲弊した状態にあったようだ。このような心の疲弊の恐ろしいところは、自分では何となくわかっていても、それを止められないことが多いということだ。僕もそうだったと思う。その際、エッセンシャル思考を読んで、「自分にとって大事なことに集中することの大切さ」を身をもって学び、自分が大切だと思うことに集中するためにどうすればいいのか、を考える時間が増えた。本書を読んだのもその一環である。

 本書は著者の経験より「何か一つのことに力を注ぐと圧倒的な成果を得ることができる」ということを提唱している。個人的に面白いと思ったのは、その考え方を妨げる、世にはびこるいかにも真実らしい6つの嘘に対する懸念だ。以下でそれらを紹介する。

 ①すべてのことは等しく平等という嘘

 これは特に自分が携わる仕事やそれらが残す成果について述べられている。成功者は全ての仕事を平等にこなしているわけではない。結果的に依頼された仕事を全部こなしいているのだとしてもそれは、優先順位を決めて、その中で取り組んだ成果なのだ。このような人は、総じて優先順位の構築に時間をかけている。また、成果は平等ではない。パレートの法則というものがある。原因と結果に不均衡が生じていることを提唱する法則だ(20対80が有名)。自分が力をかけたものが結果を生んでいるとは限らない。だから成功者はその後の成果の20%の部分を見る。そしてその20%の中のさらに20%を見る。そうして原因と結果の追求を怠らない。

 ②マルチタスクは効率的という嘘

 「マルチタスキング」という言葉はコンピュータの働きを現すために必要となったのだが、コンピュータだって高速で一つ一つの仕事をこなしているだけで、決してマルチタスクができるわけではない(並列でこなしていることもあるが、それはかなり作業単位のタスク)。じゃあ人間の脳はどうなのか。脳は一度に二つのことをするとき、それを一つ一つに分けて処理をする。脳の回路の構造上、二つの行動はできるが、二つの行動に集中することはできないのだ。また、こんな実験結果がある。仕事中の意識の切り替えについて調べた結果、平均11分に1回邪魔が入り、私たちは一日のほぼ三分の一を中断した遅れを取り戻すことに費やしていたらしい。職場によって結果は異なれど、これはかなりショッキングな知らせである。このように僕たちは仕事で大きな犠牲を払っている。これについて著者はこう述べている。「時間がないからではない。限られた時間に多くのことをしなければならないと感じているのだ」と。

 ③規律正しい生活が必要という嘘

 人が何かで失敗したとき、頻繁に語られるのが「もっと良い習慣を作らないと」というものだ。しかし著者はこれにも疑問を投げかけている。「成功するためには正しいことを行う必要があるが、全てを正しく行う必要はない」と。つまり自分の目的に沿ったものだけを大切にし、それを習慣づけることが大事なのだと語っている。そして、習慣は約66日で形成されるという研究結果がある。僕たちの脳はいつもと違う習慣に当たると、それに対して「いつもと違うけど大丈夫!?」と疑問を呈すると以前に本で読んだことがある。それを日々乗り越える。それが約66日続けば目的にぐっと近付くのだろう。二ヶ月はとても長い闘いにも思えるが、自分が本当に重要だと思う一つのことを叶えるために、毎日を闘うのだ。それは大きな喜びにいずれ変わるし、世間の考える大きな成功までの距離感を、長距離走から短距離走へとパラダイムシフトしてくれる。

 ④意思の力は万全という嘘

 「マシュマロ・テスト」という有名な実験がある。簡単に言うと「目先の利益とその後の大きな利益、どちらを取るか」というテストで、7割は目先の利益を獲得した。しかし、その後長期的な目線で見ると残りの3割が成功を収めているというのだ(成績優秀・ストレス管理能力優秀など)。また疲れているときには、このような場面で安易な思考に陥る可能性が何度もあるそうだ。人間は様々なところで選択を強いられていて、その度に力を使っている。そのため意思の力はすぐに疲弊してしまう。だから大事な決断や仕事は可能な限り朝にすると良い、というのが著者の主張だ。そういえば将棋の棋士は対局中にものすごい量の糖分を摂取している。脳の疲労に対する一つのアプローチになるだろう。

 ⑤バランスのとれた生活が肝心という嘘

 全てのことに注意を払おうとすれば、全てのことに注意不足となってしまう。①でも述べたところと被る。大切なのは一つに絞ること。しかし、これは「家族」か「仕事」かを選べというものではないので注意。「家族」「仕事」……の中で、ただ一つこれに絞れば他のことも解決できるようなものはなにかを問い、それぞれにおいて素晴らしい成果を残すというのが本書の主張だ。

 ⑥大きいことは悪いことという嘘

 大きい成功のためには何かを犠牲にしたり、甚大なプレッシャーが伴うという嘘について述べている。また大きな目標を掲げている人間に対して「それは無理だ」と言う人間がいるが、その人の限界を知るものはその時点で誰もいないのだから気にするな、というのが著者の主張である。個人的には理由をもって意見する人はここで否定している人とは違うと思うので、そこは勘違いしないようにしたい。また大きな目標に到達するには日々の習慣(小さな的)が大事であることも忘れてはいけない。

 

 これら6つの嘘に対する懸念を自分の中で払拭することができれば、次は自分への問いかけが必要だ。自分の掲げる目的に沿った、たった一つこれに絞れば他もすべて解決するようなもの。そう自分に問いかけることが必要だ。優れた問いは、優れた答えを生み出す。成功者は答えを出す作業以上に問いの構築に時間をかけるのだ。

 そういえば本書の中にこんな文章があった。世界的にも有名な小説家であるスティーブン・キングが「小説は朝の四時間にしか書かない。あとは家族や自分の趣味の時間に充てている」と著作で述べていることを紹介した本書の著者にた対して、それを聞いた聴講生が「なるほど、確かにそれはスティーブン・キングにとっては簡単でしょう。なんといっても、彼はスティーブン・キングですからね!」と言ったそうだ。それに対して著者は以下の通り述べている。

そこで私はこう言う。「あなたはご自分にこう聞いてみる必要がありそうですね。彼はスティーブン・キングだからそうするようになったのか、あるいは、彼がそうするからスティーブン・キングなのか?」

 これは習慣の力と大切なことに意志力が満ちている時間を割くことの大切さを端的に僕に伝えてくれた。僕はエッセンシャル思考で大きな枠組みの中で自分が大切にしているもの・したいものを知ることができたと思っている。そして本書を読むことで、それを少し細分化して行動に落としていくうえで大切なことに気がつくことができた。しかし、本書の自分への問いの部分は僕の中でまだ納得がいっていない。(一度読んでいただきたいが、本記事ではそこに対する言及を割愛している。)だから次は「問い」の質を高める本を読むことで自分の目的に対する生産性を上げていきたい。

 

○読後のおすすめ

魔王(伊坂幸太郎)を読んだ感想・書評

 本書に関する書評依頼を読者の方より受けたので、本記事を執筆する。様々な 本に関する知見を深めたいと考えているので、ぜひコメントいただきたい。

 実は、僕は「魔王」の姉妹作(というよりも、ほぼほぼ続編)の「モダンタイムス」という作品を読んだことがある。作品自体は伊坂幸太郎が抱える社会にある見えないシステムに対する不安や、その中でどう行動するのか(システムへの対峙や逃避)が物語の中に盛り込んであって、「あなたはどう生きていくのか」という示唆を受けたような気がした。その中でときおり不明な固有名詞があったりなんかして、「これは何だろう?」と気にかけていたのだが、それは本書ですでに取り上げられているものであったのだ。読む順番が僕のように、本来とは逆になったとしても十分楽しむことはできるのだが、可能であれば魔王を先に読むべきだ。その方が物語のつながりが見えやすいので楽しめるだろう。

 読む順番が影響を与えるのは、読みやすさだけではない。作者の伊坂幸太郎がどのような思いでこれらの小説を書き上げたのかを推測できる、と僕は考えている。「魔王」では表面的に見れば、何かが起こったような気配は全くない。悩みやすい男とその弟が物語の中心にいて、彼らやそこに近しい人目線で見れば、実に様々な出来事が起こっている。が、社会全体で見れば大きな流れのようなものがあって、誰もがそちらへの注目にとらわれていて、そこに懐疑的な見方をしている人間を訝しみ、ときには排除するような行動を見せる。かつての小説家はここでいうところの「排除される人」だったと思うのだ。一つの出来事が社会や人に与える影響を考え、小説として世に出す。伊坂幸太郎はこのような役割の一端を担っていることを自覚し、漠然とした社会に対する不安をここに小説として記していると思うのだ。

 一方で、モダンタイムスでは魔王に比べると具体的な行動が描かれている。魔王の要所要所で兄が発言していた「小さな対峙や行動が、いずれ世界を変える」可能性を小説として、形にしていると思うのだ。伊坂幸太郎は魔王を刊行した際に様々な批判を浴びたという。そこで自分は結局何を書きたいのかを自問自答したのではないか、と僕は思っている。僕の考える小説家の伊坂幸太郎像は、とても小心者だ。自分が書いた政治的な小説で世界を本当に変えることなんて全く狙っていないだろう。それよりも自分や弱者が「こんなことがあればどうするんだろう」「こんなことがあれば怖いよな」「こういうときどうできるんだろう」と想像を巡らしている小説家だと思うのだ。そういう不安が「魔王」という形を成したし、その後にもっと小さな単位での行動案に落とし込んだものが「モダンタイムス」になったのではないかな、と思った。

 

〇読後のおすすめ

 

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 

  魔王の続編のような作品だ。魔王の文庫本あとがきにも記されているが、「呼吸」の続きが気になるのならば必ず読むべき。また、魔王だけを読んでモヤモヤした心持を抱いた人はぜひ読んでいただきたい。

 

bookyomukoto.hatenablog.com

  すでにモダンタイムスを読了している方に向けて書いた記事である。

 

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

 

  モダンタイムスとほぼ同時期に執筆された作品だ。大きな流れがもしも個人を攻撃したら……そんな不安から生まれた作品ではないかと思っている。個人的には伊坂作品でも最もおすすめしたい小説だ。

 

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 

 

 

7日間企業(ダン・ノリス、平野敦士カール)を読んだ感想・書評

 

7日間起業――ゼロから最小リスク・最速で成功する方法

7日間起業――ゼロから最小リスク・最速で成功する方法

 

 

 アメリカのアマゾンでランキング10部門中3部門で1位を取った一冊。何度も起業しては失敗を繰り返したという著者が、成功するため(現在のビジネス)に行ったことや、失敗した事業と成功した事業の違いをまとめた一冊だ。以下で僕が興味を持った箇所をメモがてら記述していきたいと思う。

 まず最初に著者はスタートアップに大事な三要素を提示している。

①アイデア――これは3要素の内の1つにすぎないということを自覚しなければならない。この要素に対して労力を割きすぎた結果、失敗した経験からきているようだ。結果は頭の中の顧客が教えてくれるわけではないのだ。

②エクスキューション――本書では事業を市場に早期投入することを推奨している。顧客の反応を早く知ることが大切だからだ。確証のない検証や推測によるプロダクトの改善にばかり時間を費やしているのならば、可能な限り早くローンチするべきだ。七日間で起業することを提唱しているのもそのためだ。

③ハッスル――最も顧客を引き寄せそうな行動に注力すること。顧客にどうすれば告知できるのか、どうすれば製品に価値を感じてもらえるのか。

 

 さて、これらの3要素を活かしつつ、企業を成功させるために、提唱されるのが7日間企業である。ちなみに著者もこの7日間企業を実施し、現在成功を収めている。これは著者のビジネスが切迫した状況となり短期間で収益を確保するビジネスを考案する必要に迫られたからだ。(もちろんただ目の前の金の臭いにだけ食らいついたわけではない)。そしてそこで7日間企業で紹介されている手順にのっとった企業をしたようだ。

・1日目

 優れた独立企業アイデア9要素を使って考え付いたアイデアの精査を行う。これに値しないアイデアは実践しないのだが、アイデア自体はこの日に考えてもいいし、著者はある程度温めていたアイデアがあったようなことを文中に記している。

 ①毎日楽しめるタスクであること――その業界や製品だけでなく、そのビジネスを拡大させることに楽しみを見出すことができるかどうか。

 ②プロダクトと創業者の相性――プロダクトとマーケットとの相性ばかりが語られている。創業者が楽しんで取り組めることや、強みを発揮できることは事業の成否に影響を与える。

 ③拡大可能なビジネスモデル――顧客にどのように請求するのか、そして月日を重ねるごとに成長できる合理的な道筋を見つける。小さなスタートから大きな市場へ、この点はピーター・ティールの提唱するモデルとも重なる。

 ④創業者がいなくても利益が上がる、利益を生み出すビジネスモデルをつくる

 ⑤売りになるアセット――第三者がお金を出せると価値を認めるアセットを構築する必要がある。またどのようなアセットをその製品が生み出せるのかを考えて、それを取り組みに活かす。

 ⑥大きなマーケットポテンシャル――小さなマーケットから、大きなマーケットへ出る方法を考えておく。

 ⑦ペインとプレジャーによる差別化――顧客が最も大切にしている要素において飛びぬけた優位性を持つようにする。苦しみの感情を与えずに、喜びの感情を与えることを心掛ける。

 ⑧すばやくローンチする能力――すばやくローンチして修正できるアイデアこそゼロからの企業にふさわしい。自分に潤沢な資金や資産がないのならば、特に本書の教えは役に立つ。

 

・2日目「MVPってなんだ」

 MVPとは製品の必要最低限の機能を表している。基本的にはマーケティングに関して考えることになるのだが、内容は実はそんなに難しいことではないのかもしれない。なぜならば、ここで考えるのは自分たちが考えたアイデアの中で顧客にとって本当に必要な部分はどれなのかを考え、どうやってそれを顧客のもとに届けるのかを考えるだけだからだ。もちろんそれが難しいのだけど、往々にして人は難しく考えすぎる。可能な限り、機能をシステマチックにしようとして、時間を費やしてしまったり、外注することで余計なセッションをもたらしたりしてしまう。本書の主張としては、最初のうちは顧客が求める最低限の機能があればいいし、それが手作業でできるのならばそれでいい。それよりも早くローンチして顧客の反応を知ることに時間を費やすべきなのだ。

 

・3日目「ビジネスの名称を決める」

 ここでビジネスの名称を決めるが、ここに時間を費やす必要は全くない。いずれ修正することが可能だし、最も重要なのは名称ではなく製品の中身と販売にあるからだ。ある程度既存ではないなどのチェックをクリアすれば問題ないだろう。本書にはそのチェックリストも用意されている。

 

・4日目「1日で、100ドル以下でwebサイトを構築すべし」

 ワードプレスを使って自社サイトをここで構築する。文章を読んでいると、ここでは本当に簡易的なサイトを用意しているようだ。無駄なことに時間をかけないで、とにかくローンチして利益を出すという重要な事項への注力を促している。もちろんローンチ後にサイトも適宜修正を加えていくようだ。

 

・5日目「マーケティング10の必勝法」

 ここでは様々なスタートアップにおけるマーケティングの必勝法が記されていた。重要なのはローンチ後1~2週間の計画を立てること。著者の提唱する10の必勝法を知りたい方はぜひ本書を購入していただくといいだろう。

 

・6日目「目標を立てる」

 決して「いいね」の数のようなものを指標にしてはいけない。財務諸表のような具体的な数値を目標にして、数値の向上を実感しやすい方法を考えておくと、モチベーション向上にもつながるだろう。

 

・7日目「ローンチする」

 ついにローンチするときだ。ここまできてもやることは変わらない。顧客にとって必要なことを考え、それだけを実装することを考えるのだ。今までに実行してきたことを効率よく回していくことで製品をグレードアップさせていくのだ。

 

 メモ代わりという思いで僕個人としてはかなり詳細に記述したつもりだが、細かなところや僕が既に知っていることなんかはここにはあまり記述されていない。それでも中途半端に書くよりは……と七日間の大まかな流れぐらいは記述してみた。この投稿を見て興味が湧いた人や自分にとって必要かもしれないと思った方には、ぜひ購入していただきたい。なによりも起業で失敗した後に成功しているという事実を本にして周知してくれているのは希少で大切なのだ。

 

〇読後のおすすめ

 

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか

 

  スタートアップを始めるのならば本書を抜きに語ることはできないだろう。プロダクトの軸を決めるうえで大切な考え――「隠された真実」に対する考え方は、ビジネスを抜きにしても興味をそそられること間違いない。

 

bookyomukoto.hatenablog.com

  堀江貴文が起業するに至った経緯を過去の経験を交えて語っている。彼がなぜ働くのか、なぜそこまでストイックに様々な事業に注力しているのかを知ることができる。堀江貴文人間性の理解にもつながると思う。

 

7日間起業――ゼロから最小リスク・最速で成功する方法

7日間起業――ゼロから最小リスク・最速で成功する方法

 

 

首折り男のための協奏曲

 

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)

 

 

 伊坂幸太郎の短篇集。一冊にまとめるために書かれた作品ではないために実に多様な色合いを見せる一冊になっている。生粋の伊坂フリークは「これだ!」となるかもしれないし、逆にこれをきっかけに伊坂作品に手を出した人からすれば「これは……?」となるかもしれない。反応は人それぞれかもしれないが、エッジの利いた物語ばかりで、僕は気が付けば次のページを捲っていた。

 なぜここまで多様な短篇作品が集まったのかと疑問を抱いたのだが、「ホラー」「恋愛」と多様なテーマ性の雑誌に投稿した作品を集めたから、出来上がった一冊らしい。伊坂幸太郎の短篇集といえば、あるテーマ性のもとに出来上がっているものが多い。もしかしたらこのギャップは読み手に、(もしかしたら伊坂幸太郎が好きな読者に対しても)戸惑いを生じさせるかもしれないが、個人的にはテンポよく様々な作品を読むことができて楽しかった。

 さっきから遠回しに伊坂幸太郎らしさを欠いていると主張しているような文章を打っているような気もするが、彼らしいアイデアやトリックは健在だ。例えば、『僕の船』では、確実性はない推測だからこそ、時間をかけた夫婦に訪れるからこそ、ほろりと泣かせる要素を伊坂印のアイデアが演出している。寝たきりの夫はその答えを知らない。依頼者の絵美がどう考えるかは明記されていないが、その涙の軌道が答えを知らせているようにも思える。

 『人間らしく』『相談役の話』はかなりホラー要素を備えた作品だ。前者ではいじめ問題とクワガタが持つ攻撃性を交えて話を展開させている。読んでいる最中には謎を呼んでいた部分が、読後には「なるほど」と納得させられる。一方で、生き物がもつ攻撃性への不安は消えない。そこが妙な冷たさを感じさせるのだが、「神様はたまに見ている」という考え方が「まあ、なんか、がんばるか」という思いを抱かせるし、個人的には頑張っているのに報われないと思ってしまう自分を納得させる言葉になった。後者は結局何が何だかといった感じなのだが、それを含めてヒヤリとさせる感覚を読み手に抱かせる。心霊写真という日常的に恐怖の対象として語られてきたものを使っているのも恐怖の演出に一役買っているのだろう。

 『月曜日から逃げろ』は二度読みたくなるようなトリックを含んだ作品で、最も伊坂幸太郎らしさが表れている作品だろう。読んでいて見た覚えのない単語が出てきたときに「あれ?」となる自分の感覚がおかしいのかと自分を疑ったのだが、途中で「あーなるほど」と納得させられた。

 『合コンの話』では何度も笑わせられた。おしぼりの使い方やドリンクの飲み方で隠れた意思疎通を図るのは、何か一つぐらい使いたくなる。それぞれの思惑とか考え方が、実験的な文章に表現されていて、それも面白かった。「こんな文章あり?」と思う瞬間もあったが、それがしっかりと面白さにつながっているのだから良いだろう。

 

〇読後のおすすめ

 

ジャイロスコープ (新潮文庫)

ジャイロスコープ (新潮文庫)

 

  伊坂幸太郎の短篇集、かつ本書のように多様な設定やトリックが楽しめるものだ。一作一作のクオリティが高く、何度読んでも飽きがこないなあと実感させられている。

 

bookyomukoto.hatenablog.com

  ジャイロスコープをすでに読了している読者の方に向けて書いた記事である。

 

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)

首折り男のための協奏曲 (新潮文庫)

 

 

本日は、お日柄もよく(原田マハ)を読んだ感想・書評

 

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

 

 

 電車内で頻繁に見かける広告があった。それは他の広告とは何かが違っていて、身動きがとれなくなるまで人が詰め込まれた満員電車の中で、僕の目を引いた。大体の車内広告は仕事に向かう男性・女性を刺激するものばかりだ。その中に小説の広告があるのが意外だった(実は他にも小説の広告はあったのだが、そのとき初めて気が付いた)。それが本書である。読み始めて、車内に本書の広告が設置されている理由が分かった。本書はビジネスマンにおすすめしたくなるお仕事小説だったのだ。

 お仕事小説とあるが、そのテーマはずばり「スピーチ」だ。主人公のこと葉が、片思いをしていた幼馴染の結婚式で出会ったスピーチライターとの関わりを通じて、スピーチが世の中や人に与える影響を描いている。

 物語中でこと葉が出会う人や言葉の数は紹介しようとしてもしきれないので、個人的に興味をもったものを取り上げたい。それはライバルでもあるワダカマが師匠と仰いでいる北原の取り組みだ。人に対して言葉を発するのならば、相手の言葉をとことん聞く必要がある。これはとても大事な考え方だと思う。文中ではあまり述べられていなかったが、僕はこれに加えて姿勢も大切になると思う。相手が話したいことを話すことができる環境を用意して、相手の言葉の背景に何があるのかを知ろうとする姿勢が、だ。人の話を遮って、もしくは相手に自分が考えたコメントを聞かせるためだけに会話をしている、そんな人を僕自身が何度も見てきた。全ての会話においてこれを意識する必要はないが、全く意識しないで大切な場面をやり過ごしてしまってはいないだろうか。

 本書は上述したように、スピーチライターを題材に使用したお仕事小説である。最終的に政治の世界まで巻き込んで、物語を展開させたことには驚かされたが、ストーリー展開自体にはどこか既視感がつきまとう。「既視感」という言葉を使うとあまり良いイメージをもたらさないかもしれないが、これは悪いことではない。大枠のストーリーに既視感があるからこそ、スピーチや小説自体が伝えたいことを読者が吸収しやすくなることもある。もちろん何でもかんでも見たことがあるような展開を見せておけばいいなんてことはないし、内容にも関係があるとは思うのだが、本書ではそれがいい方向に働いているなあ、と思った。

 そういえば僕のゼミの教授もスピーチやプレゼンがとてもうまかった。教授は特別な練習をしていたわけではなかったと言っていた。僕が思うに教授にとっては、絶対にこうだと信じていることを適切に伝える手段を求めた結果だったんだろうな、と振り返っている。あくまでもスピーチの技術だけを盗んでいても、そのようなテクは身につかなくて、本当に自分が話す内容に思い入れがあるからこそ生み出される感情もあるのだと思う。

 本書は自然と瞼が熱くなるようなまっすぐな小説で、これ自体がとても良くできたスピーチのようだった。

 

〇読後のおすすめ

 

まんがでわかる 7つの習慣

まんがでわかる 7つの習慣

 

  お仕事に関する物語、お仕事漫画であれば僕はこれが一番好きで、全シリーズを購入している。七つの習慣についてうまくまとめてあるし、お話自体も面白いから何度読み返しても負担にならない。

 

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

 

 

陰の季節(横山秀夫)を読んだ感想・書評

 

陰の季節 (文春文庫)

陰の季節 (文春文庫)

 

 

 横山秀夫のデビュー作である「陰の季節」を読み終えた。横山秀夫といば、警務部にスポットを当てた警察小説が有名な小説家で、本書でもその特徴が存分に発揮されている。また後の横山秀夫最大のヒット作となる「ロクヨン」の舞台となるD県警は本書でも描かれているので、興味を持った人にはぜひ読んでいただきたい。

 上述したように横山秀夫の作品は刑事ものという枠にとらわれない警察小説であり、いわゆる管理部門に焦点を当てた、内部的な事件の解決が主となることが多いように思える。特に本書はその色合いが強くて、内部的な問題を世間に知らせないために、もしくは自分の管轄外に漏れないように働きかける場面が何度も出てくる。これらの背景から横山秀夫作品では心理的な葛藤や駆け引きが事件の流れを大きく作用することが多々ある。僕個人が思うに、おおよそのストーリー展開は世の中で語られているし、小説という媒体の良さを出すためにも登場人物の心理的な動きをしっかりと追う横山秀夫の小説を僕は好きだ。それが普段はあまり関わることができない警察内部の人間なのだから尚更面白い。

 最後に一つ。僕は小説の中でも、ある舞台をもとに書かれた短篇小説が大好きだ(連作ものとかも含む)。しかし近年、短篇を扱う新人賞は減少傾向にある。それ故に短篇を頻繁に執筆する小説家の数も少なくなってしまったように思える。ネットという媒体もあるが、個人的には賞金が出て、賞と編集の指導がつく出版社による短篇小説の新人賞がもっと充実すればいいのにな、と思うのだ。

 

〇読後のおすすめ

 

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

 

  横山秀夫最大のヒット作だろう。本書でも「陰の季節」で描かれているD県警が舞台で、エースの二渡も登場する。上下巻の長編小説で、そのリアルな描写に触れていると、この出来事が実際にどこかで起こっているのではないかという錯覚を起こしそうになるほどだ。

 

 すでに「ロクヨン」を読了している方に向けた記事である。

 

陰の季節 (文春文庫)

陰の季節 (文春文庫)